第四十四話「詠唱」
「!!??」
突如としてワタシは、後方へ吹き飛ばされました。
ドドドドドドォーーン‼︎
降り下ろされた沢山の根は、ワタシという標的を失いそのまま地面に叩きつけられ、大きな音が鳴り響き土煙が上がりました。
一体、何が起こっ
ワタシが思考し切るその前に、今度は空へと吹き上げられ、ワタシは広場の上空に浮かび上がりました。
理解が追いつかず、思考停止するワタシ。
そんなワタシに、声をかける者が一人。
『助けてあげましょうか?』
ええ、お察しの通り。
それまで何処に隠れていたのか。
あの妖精が、再びワタシの前に姿を現したのです。
そしてワタシの姿を見ながら、妖精はこう言いました。
『面白かったわぁ、アンタが悪戦苦闘してるところ。ボロボロだった癖に結構耐えるんだもん。ワクワクしちゃったぁ♪』
「…」
『やん、そんな顔で見ちゃイヤ♡』
苦い顔をするワタシの顔を見て、クスクスと笑う妖精。
何がそんなに楽しいのか分からないワタシをよそに、妖精は更に続けます。
『本当はぁ、そのまま放っといても良かったのよ?アンタってゴブリンだしぃ?可愛くないしぃ?…でぇもぉ』
そう言って妖精はワタシの背後に回り込み、
『気が変わっちゃったぁ♡』
ワタシの耳に、囁きかけました。
「ーーーーー」
「…⁈」
『聞こえちゃった?解っちゃった?感じちゃった?アーシの声が、アーシの囁きが』
妖精の口から直接発せられた声は、ワタシの頭の中へと入り込み、妖精がやろうとしている事を強制的に理解させられました。
『今ならきっと出来る筈。んーん、アーシが許してあげる』
ワタシの耳では聞き取る事の出来なかったその声は、どこか優しく、どこか恐ろしく、そしてどこか、懐かしい。
ワタシは神秘的とも言えるその声に、そのような印象を抱きました。
『だからアーシに続けて、アーシに合わせて、頭に浮かぶその言葉を紡ぎ出して。
さぁ、“願って、呼んで、アーシの事を”』
妖精の言葉に従い、ワタシは眼下の広場に目をやりながら、言葉を紡ぎ始めました。
「…“カゼ、ヨ、カゼヨ、オワリニ、ヨリソウ、ハルノ、カゼヨ”」
『“アーシは風、アーシは花弁。季節の遺言、春からの便り”』
不思議と言葉は口から溢れ、迷い無く発せられました。
「“ハコベ、ハコベ、テガミヲ、ハこべ。
ツゲろ、ツゲろ、オワリとハジマリ”」
『“アナタは闇、アナタは末裔。堕ちた隣人、切れた繋がり”』
初めて口した筈の言葉を、ずっと前から知っていたような、そんな、不思議な感覚でした。
「“聞キイレろ、受け入レろ、今この時だけ”」
『“繋げて、結んで、今この時だけ”』
言葉を紡げば紡ぐ程に、ワタシの言葉は滑らかになっていき、何処かから魔力が集まってきました。
それは森から、影から、辺りから、風によって運ばれてきているのだと、肌で感じました。
あんな経験はワタシが生きてきた中でも、その一度きりだけです。
「“舞え、散れ、薙ぎ払え”」
『“詠って、聴かせて、言の葉を”』
「“荒れろ”」
『“紡いで”』
「『“吹き散らせ”』」
ゴォォ、という音が鳴って、激しい風が吹き荒れ始めました。
暴風とも呼べるその風は、花弁を交えながら広場へと吹き下ろされ、魔樹を襲いました。
小さな魔樹はその風で引き千切られ、それより大きな魔樹はその身を削られていく。
花弁が触れた所から脆く崩れさり、魔樹を破片へと変えていきました。
バキバキ、ベリベリ、ガサガサ、ゴトリ。
そのような音が広場に響き、葉は枯れ、枝は折れ、樹皮は剥がされ、バラバラにされていったのです。
全ての音が止む頃には、魔樹の群れは見るも無惨な姿と成り果てて、辺りには木の破片と花弁だけが散らばっていました。
動く気配は、何処にもない。
不審な音は、聞こえない。
ゆっくり、ゆっくりと広場に落ちていくワタシは、辺りを見渡しました。
そして地面に足がつく頃には、もう生き残りはいないと、今度こそ確認し、そして確信したのです。
終わったのだと。
ワタシは今度こそ、魔樹の討伐に成功したのです。




