第四十二話「妖精」
『アンタってゴブリンよね?ゴブリンの癖に妖精を助けるなんて変わってるわ。聞いた事ないもの』
怪訝な顔をしながらワタシの周りをヒラヒラと舞い、問いを投げかけてくる小さな生き物。
『しかもアンタ、ウィザードでしょ?なんで魔術なんて使ってんのよぉ?人間じゃない癖に。変な奴ぅ』
ワタシはそれを、ただぼんやりと眺めるだけ。
『ちょっとぉ?聞いてるのぉ?』
そう言いながらワタシの顔を間近に覗き込んでくる様子を見て、はたと我に返りました。
「…ヨウセイ?」
『あら、妖精を見るのは初めて?まっそりゃそうよねん。ゴブリンなんかに姿を見せる子なんていないものね』
「ヨウセイ、マモノトハ、チガウ?」
『全っ然違うわよっ!あんな可愛くないのと一緒にしないでっ!見たら分かるでしょ!ほらっアーシってばこんなに可愛い』
クルリとその場で回り、上目遣いでこちらを見てくる妖精。
ワタシはあまりよく分かりませんでしたが、雰囲気が違うという事だけは理解し、とりあえず相槌を打ちました。
そんな妖精に、ワタシは更に問いかけます。
「ウィザード、トハ、ナニ?」
『魔法を使うゴブリンの事よ。魔術は知ってる癖に、そんな事も知らないのね。変なの。ていうかぁ、アーシの質問にも答えなさいよぉ。なんで人間みたいな格好してんのよ?』
「…ニンゲン、シル、ノハ、タノシイ。ダカラ、マネシテル。シラナイコト、シル、ノハ、オモシロイ。マジュツ、モ、オモシロイ」
『ふーーーん。ますます変な奴ぅ。アンタって本当に変わってるわぁ』
「…」
自分が普通のゴブリンでは無いのは百も承知していましたが……あぁも何度も面と向かって“変わってる”と言われてしまうと、その…流石に…傷つく、まではいかないまでも、少し落ち着かない気持ちになってしまいました。
なんだかんだと言いながら、ワタシはまだ、自身が“普通“では無いという事を、少し気にしていたのでしょうね。
『まぁ良いわ。アンタが助けてくれたのは事実だし、ゴブリンでも一応は感謝しといてあげる。あんがとねっ♪』
「ハァ、ドウイタシマ…シテ?」
ウインクをしながら感謝を述べる妖精。
それに返事をしようとした直後、森のやや遠くの方で、ガサリと音が鳴ったような気がしました。
何かが草の上を通るような、そんな音が。
動物でもいたのだろう。
普段ならただそう思っただけだったでしょう。
しかしその時は、何故かその音がやたら耳につき、気になってしまったのです。
何か、嫌な予感がしました。
ワタシはよくよく耳を澄ませ、音の正体を探りました。
音はやはり鳴っており、ガサリガサリと、草の上を歩くような音がしていました。
ですが、何か様子がおかしい。
ウサギのように跳ねていない。
キツネのように速くもない。
トリが羽ばたく音でもない。
ヘビが這う音とも違う。
動きが遅い筈なのに、先程とは音の出所が違う。
いや、先程の場所からも聞こえてくる。
複数の場所から鳴っている?
生き物の群れ?どこかへ向かっている?
いや…こちらにゆっくり向かって来ている?
…いや違う!囲まれている‼︎
ワタシは手にナイフを持ち、直ぐにでも逃げ出せるように身構えました。
体力も魔力も削られている状況では、何と対峙するにしてもあまりに分が悪い。
ですからワタシは、瞬時に逃げる事を選択したのです。
幸いにも、“闇雲”を放つだけの魔力ならまだ残っていましたから、なんとか逃げ切れる筈でした。
『何よ、急にどうし…!』
考えてみれば、おかしかったのです。
ワタシが魔樹を見つけたのは、人間が全く通らないような森の奥深い場所でした。
冒険者ならともかく、道から完全に外れてしまっているようなそんな場所を、商人が通る筈もありません。
それにワタシが倒れている商人を見つけたのは、比較的森の浅い場所、道からさほど離れていない場所でした。
仮に道に迷い誤って深い場所に入ってしまったとしても、怪我を負った状態で、そんな浅い場所まで逃げ切れるものでしょうか?
ワタシはそうは思いません。
では、何故商人はそんな場所で倒れていたのか?
「…?」
ワタシは知らなかったのです。
魔樹の中には、単体で増える種類がいるのだと。
ワタシは、知らなかったのです。
「…っ⁈」
魔樹の幼木が、歩き回るという事を。
ガサリ、ガサリ、ズルリと音を立て、
広場に現れた大小様々な魔樹の幼木。
五十を超える幼木達は、ズルリ、ズルリと根を動かし、ワタシ達に近づいてきました。
魔樹の討伐は、まだ終わっていなかったのです。




