第三話「最初の日」
走って、走って、走って、日もとっぷりと暮れ、見知らぬ森へとたどり着く。
長時間の戦闘によって、体力も魔力も消耗し、残ったそれらさえ、もはやとっくに底を尽き、それでもなお走り続ける。
体はどこもかしこも痛い、頭が働かない、腕がうまく上がらない、足がもつれて走りにくい、息が切れて目が霞む、ずっと苦しい。けれども心は澄み渡り、前へ前へと進み続ける。
いつしか体は限界に達し、崩れ落ちるように、ズルリと地面へと倒れ込みました。
どのくらいの時間がたった頃だったでしょうか。
穏やかな春の風が、ワタシの頬を撫でました。
近くに咲いていた小さな花は揺れ、草木がサワサワと音を立てます。
土から上ってくる匂いが鼻をくすぐり、それに混じって、水の匂いがする事に気がつきました。
そう遠くないところで水音がする、合わせるように、虫も歌っている。
草木が奏でる音、水が奏でる音、静かな虫の歌。
自然の奏でる賑やかな音の数々に、聴き入るワタシの視界を掠めたのは、小さな光の玉。
視線を少し動かせば、それは無数に空を飛び、まるで踊るかのように、ユラユラと揺らめいていました。
光の玉に誘われるように、体を仰向けに転がせば、
目に映るのは、満天の星空。
赤く煌き、青く煌き、白く煌く星々と、
彼方に見える輝く月。
それら全てを包み込み、優しく眠りに誘うのは、
ただそこに在るだけの、夜の闇。
静かで、賑やかで、優しく、居心地の良いこの夜の闇はきっと、ワタシの事も隠してくれるでしょう。
もう、追手が来る気配はありません。
もう、誰に思考を邪魔されません。
もう“虚しさ”が、心に居座る事もありません。
観察し、疑問を持ち、思考し、試し、失敗と成功を繰り返しても、止める者など、もういないのです。
風は何処からやってくるのか、
どうして花は咲くのか、
木に実がなるのは何故なのか、
どうして草は土から生えるのか、
なぜ水は冷たいのか、
どうして虫は歌うのか、
あの光の玉はなんなのか、
なぜ星は煌めくのか、
夜はどうして暗いのか。
大きく息を吸い、吐き出す。
その間にも、思考は止めどなく、溢れていく。
自由を手に入れて、深く深く噛みしめたあの夜の事を
ワタシは一生 忘れないでしょう。
いつの間にやら眠りに落ちていたようで、目覚めた頃にはすっかり日が昇ってしまっていた後でした。
近くに川があるのは分かっていたので、重い体を持ち上げて、ゆっくりと足を踏み出します。
キラキラと反射する小川で喉を潤し、これからの事を考えました。
こうしてワタシの長い一人旅は、始まったのです。