第三十一話「最初の魔術」
魔法で魔術を発動させる。
一見すると矛盾しているような印象を受けますが、事実可能であり、“魔法式魔術”という名で魔法技術の一つとしてキチンと存在しています。
やり方としてはまず、何かしらの魔法を発動させ、それを魔力操作で魔法陣の形にした後、発動するという意志を込める、というものです。
魔法式魔術とは少し違いますが、自身の魔力を体の外へと滲み出させ、直接魔法陣の形にする、というやり方もあります。
現在のワタシが使用しているのは、主にこちらのやり方ですね。
どちらにもメリットデメリットはありますが、共通しているのは“魔力操作で形を作る”という点です。
それもただの魔力操作では無く、細やかな魔力操作が必要となります。
難易度は、魔法の同時発動と同レベルかそれ以上とも言われており、少し魔力操作が上手い程度では扱えず、それなりに鍛錬を積まなければなりません。
そもそもとして、ただ魔力で線を描きたいのであれば、魔道具屋で“魔力線専用ペン”が売られていますから、それを買ってしまえば済む話なのです。
わざわざ道具無しで描こうとする者なんて、ほとんど居ません。
居たとしても上位の冒険者であったり、鍛錬を積んだ魔術師、魔道士であったり、あるいはそういう類の物好きくらいでは無いでしょうか。
と、まぁ説明が長くなってしまいましたが、簡単に言ってしまえば“わざわざ扱う者の少ない高等魔法技術の一つ”という事です。
そんな事など欠片も知らない当時のワタシは、その時の思いつきのままに、両掌より大きな“闇玉”を作り、魔力操作でゆっくりと外へと移動させていきました。
手の内から離れ、洞窟を出て、雨の中に入り、集中力が切れぬように、細糸で操るように、ゆっくり、ゆっくりと移動させていきました。
えぇ、そうです。
ワタシは、幸運にもその技術が扱えたのです。
ツキノ村で、それだけの訓練を積んでいましたからね。
ただ、簡単に扱えた訳ではありません。
何せ初めての事でしたし、“高等魔法技術”と言われるだけあってかなり難しく、相当の集中力が必要でした。
“闇玉”をある程度の場所まで移動させた後は、“闇玉”を平たく押し潰していき、丸い皿の様にしていきました。
形が崩れぬように、割れぬように、壊れぬように、丁寧に、丁寧に押し潰していきました。
直径がワタシの身長の半分くらいになった所で、今度は魔法陣の形になるように、平たい“闇玉”を変形させていきました。
曲線を描き、直線を描き、千切れさせ、繋げ、整え、記号を描き、文字を描く。
目に焼き付くほど眺めた魔法陣を、時間をかけて形成する。
どのくらいの時間をかけたのでしょう。
少なくとも、時間が分からなくなる程集中していたのは確かです。
じっくり、じっくりと時間をかけ、ようやく魔法陣を完成させたワタシは最後に、確実に発動させる為に、意志を込めて一言呟きました。
「“カイフク”」
魔法陣から闇の色が抜けていき、淡い光を放ちながら辺りを仄かに照らしました。
それは紛れも無く“光属性の魔力”だと、ワタシは直感しました。
弱々しく、頼りなく、すぐに消えてしまいそうではありましたが、それは間違い無く“光属性の回復魔術”だと確信したのです。
気が付けば雨は上がっており、薄暗い雲は消え、空は茜色に染まっていました。
この日ワタシは初めて魔術を成功させ、
魔術師としての道を歩み始めたのです。




