第三十話「雨の日」
洞窟に住み着いてから少し経ち、雨の季節。
黒く分厚い雲が空を覆い、降り止まぬ雨が木々を濡らし、世界の全てを雨の中に閉じ込めてしまったような、そんな季節がやってきた頃。
ワタシはついに、光の“回復”魔術について書かれたページを読み解く事に成功しました。
知らない単語や難しい言い回しも多かった為、そのたった二ページを読むのにかなり時間がかかってしまいましたが、なんとか読破したのです。
フィズさんとトニックさんに色々と教えてもらっていなければ、きっと不可能だった事でしょう。
さて、完全では無いにしても光の“回復”魔術について理解したワタシは、早速試してみようと思い立ちました。
準備する物はたったの三つ。
平らな場所、魔力が流れやすいインク、描く為のペンです。
平らな場所は、地面を平らにすれば問題無いと判断しました。
インクは魔物の血で代用出来るらしかったので、自身の血を使う事にしました。
ペンは枝を代わりに使って、描いた上からインクを流せばなんとかなると考えました。
つまり、必要な物は既に揃っている。
まずは地面を平らにしなければ。
逸る気持ちを抑え、ワタシはゆっくりと立ち上がり、枝を拾って足を外へと向けました。
そして気づくのです。
「…ア」
雨が降っている事に。
それも小雨なんてものじゃありません、大雨です。
地面はグズグズのドロドロ、魔法陣を描けば端から崩れて水が溜まってしまうでしょう。
なんとか描いたとしても、インクを流した所から滲んで使い物にならなくなるのは目に見えてました。
それでも頑張って多少崩れても滲んでも問題無い大きさで描けたとしても、ワタシの血が足りる訳がありません。
そもそも大雨なのです。
なんだったら“猛烈な“と付けても良い程の激しい雨が降っていたのです。
魔法陣を描いたとしても、強い雨に打たれてすぐに消えてしまうのは分かっていました。
まさか天気に遮られようとは、思ってもいませんでした。
雨の季節という事を完全に失念していたのです。
洞窟内に雨が入って来ないように溝や段差を作ったり、大きめの毛皮でカーテンを作ったりしていたというのに、全く気が付きませんでした。
フィズさんとトニックさんから魔術に必要な物を教えてもらった時点で気付いていれば、何か対策も打てたかもしれないのに。
自身の成長の無さに呆れつつ、どうするかを考えました。
雨の季節が去るまで待つか?
いや、すぐにでも試さないと気が済まない。
洞窟内で試すか?
いや、失敗した時に何が起こるか分からない以上それは出来ない。
外に出て場所を探すか?
いや、雨の中長時間移動するのは好ましく無い。
洞窟の外に雨の当たらない場所を作るか?
いや、地面は既にドロドロでもう遅い。
乾くのもいつになる事やら。
魔術を発動させるのに、魔法陣は必須。
他の道具を使った方法もあれこれと考えましたが、どれもイマイチ上手くいく気がせず、頭を悩ませました。
魔術上級者であるならば、多少荒いやり方で魔法陣を描いたとしても発動するでしょう。
しかしワタシは魔術の基本に触れたばかり。
どれもこれも無理があり、成功するようには思えなかったのです。
どの道、魔術初心者のワタシがすぐに魔術を扱えるわけありませんでしたから、かなり練習しなければならなかったでしょう。
道具を使ったやり方で正確に魔法陣を描き、何の問題も無く発動させるのは、当時のワタシにはほぼ不可能だったと思います。
そう、道具を使ったやり方では。
ワタシは、ふと思います。
魔法陣を描き発動させるのに必要なものが、極論、魔力と線であるならば、
魔法で描いても発動するのではないか、と。




