第二十八話「別れの時」
「ゴブリンさん、ここまで本当にありがとうございました」
「私達、この恩は絶対に忘れません!」
「コチラ、コソ」
トニックさん達と共に過ごし、しばらく経った頃。
気づけば、彼らが向かう街まであと三日程となっていました。
幸いここまでは、他の人間に出くわさずに過ごす事が出来ましたが、そこより先に進むとなれば、流石にそうもいかないでしょう。
彼らとの契約の内容は、“安全な寝床と食事、そして治療を施す代わりに、文字の読み書きを教える事”。
虫の魔物が多く出るエリアはとっくに抜け、“認識阻害”の魔法をフィズさんが発動させ続ける限り、もう魔物に襲われる心配はありません。
食事は彼らが元々持っていた保存食がまだ余っていましたし、トニックさんの体はすっかり治っていました。
フィズさんの余りそうな魔力は、先に受け取ってしまえば問題無さそうでしたし、文字の読み書きは一通り教わりました。
ワタシが彼らと過ごす理由は、もうありませんでした。
「…ソレジャア、ゲンキ、デ」
「あっ待って!待ってゴブリンさん!渡したい物があるんです!ほら、あなた!アレ持ってきて、はやく!」
「あぁそうだったね。すぐ持ってくるので、ちょっと待ってて下さいね!」
そう言ってトニックさんが馬車から持ってきたのは、オーバーサイズの茶色いローブ、手袋、ロングブーツ、そして口布でした。
「これ、持って行って下さい」
「イイ、デスカ?」
「はい、よろしければどうぞ。これらがあれば、もし人間に出会ったとしても、一先ず魔物だとは気付かれないと思います」
「そのボロボロのローブも気になってたんですよ。擦り切れて穴も空いてるし…あっ良かったら今着てみてもらってもいいですか?破れたりしてないか、もう一回チェックしたいので!」
そう言うフィズさんに促されるまま、ワタシは一通り身に着けました。
ローブは全体的に大きく、袖に関してはかなり余り、手先をすっぽりと隠してしまう程でした。これならほとんど肌を晒さずに済みそうでした。
ブーツはワタシが足を入れると、ピッタリとしたサイズに変わり、素足でいるよりも楽に感じました。おそらく、魔道具の一種だったのでしょう。
口布はフィズさんの手作りで、ワタシが顔に付けた後、顔の半分が綺麗に隠れるように調整してくれました。
手袋は、手を入れた瞬間に爪で指先を破いてしまいました。
謝りながら、手袋は返しました。
「んー前は締めておいた方が良いわねぇ。あと足元が流石に長過ぎるから、ゴブリンさんが着けてたストールを腰に巻いて、長さを調整して…うん!完璧!」
「でも、フードをかぶっているとはいえ、光の当たり方によっては、少し中が見えてしまいそうですねぇ…」
「…“クラガリ”」
「「おぉ〜」」
“暗がり”の魔法をかけ、顔にかかった影をより暗くして中が全く見えない様にすると同時に、“幻覚”の魔法で鼻の長さを誤魔化しました。
「それなら中が見えなくて安心だわ!目は光ってるけど」
「風にさえ気を付けていれば大丈夫そうですね。目は光ってますけど」
目は光っているらしかったですが、一見すれば、人間に見える様にはなれたようでした。
「ホントニ、イイ、デスカ?」
「はい、貰って下さい」
「私達の気持ちなので!」
人間からの、初めての贈り物。
込み上がってくる、暖かな気持ち。
ワタシも何か返したい。しかし、一体何を返せば。
ワタシが持っていたのは、旅の荷物と、各地で集めたキレイな石だけ。
ならばせめて気持ちだけでもと、キレイな石の中でも、特に気に入っていた三つを布に包んで渡す事にしました。
一つは、沼地で見つけた常に淡く光る石。
一つは、雪の中で見つけた常にひやりと冷たい石。
一つは、砂漠で見つけた常にほんのり暖かい石。
ワタシの、旅の思い出です。
「…ヤクニタツカ、ワカラナイ。スキニ、シテホシイ」
「?なんですか?」
「キレイナ、イシ」
「綺麗な石ですか。ハハッ、ありがとうございます」
「大事に使わせていただきますね!」
贈り物をし、少し談笑し、そして互いの安全を祈った後、ワタシ達は、別れの挨拶をしました。
「それでは、お元気で」
「本当に、本当にありがとうございました!」
「サヨナラ」
ヒヒーンッ‼︎
ジンが一言嘶いて、
馬車はゆっくり進み始めました。
ガタゴトガタゴト、馬車が鳴る。
タッタカタッタカ、ジンが引く。
目的地へ向け、進んでく。
別れ難いとは言わぬまま、
彼らの背中に別れを告げて、
見えなくなるまで、見送りました。
いつかまた、出会う日まで。
「…サヨナラ」




