第二十三話「馬車にて」
ガタゴトガタゴト、馬車が鳴る。
タッタカタッタカ、馬が引く。
目的地へ向け、移動する。
「コ…コウシテ、セカイハ、ス…スク…ワレ、タノデシタ、メ…メ…メデタシ、メデタシ?」
「はい、全部合ってますよ」
馬車での移動、初日。
ワタシは、馬車の中で絵本を読んでいました。
「もうこんなに読めるようになっちゃうなんて…ゴブリンさんは記憶力が良いんですねぇ」
「エ、アルカラ、ワカルヤスイ、ダス」
「わかりやすいです」
「ワカリヤスイデス」
この頃になると、絵本までならなんとか読めるようになり、ひたすら反復練習をして、分からない単語の意味は、二人のどちらかに聞いて理解を深めていました。
ワタシが読んでいた絵本は、有名な民話を絵本の形にしたものらしく、「世界を滅ぼす力を持った“厄災”と呼ばれる存在を“英雄”が打ち倒す」という物語でした。
民話ではありますが、実際に起こった事をモチーフにしているようで、“厄災”という存在や、そうなる前の“厄災の種”、それらを倒した“英雄”は現在でも存在しています。
もちろん、絵本の登場人物とは別人ですけどね。
“英雄”とは“厄災”を倒した人物に送られる称号なのです。
さて、馬車での移動を始めたワタシ達の一日のスケジュールですが、ザックリと大まかに説明するとですね。
朝は起床、朝食、宿題、出発。
昼は移動、読む練習、間に昼休憩。
夜は夜営の準備、狩り、夕食、就寝。
といった具合になります。
もちろん、例外的な日も存在しますが、それは一先ず置いておきましょう。
馬車の御者は、フィズさんとトニックさんが一日ごとに交代して務めていました。
本当なら、トニックさんはもう少しゆっくり休んでいた方が良いのではと思ったのですが、本人曰く「だいぶ元気になりましたし、ずっと寝ていては体が鈍ってしまいますからね」との事です。
まぁフィズさんに「もう大丈夫よね?」と、少々圧をかけられていたからというのもあるでしょうけどね。
「ゴブリンさんって、頭も良いし、力も強いし…最初はとっても怖かったけど、紳士で親切だし、正直私の夫より頼りになるわ」
「うぐっ…事実だけど…そりゃないよフィズちゃん」
「…あーあ、トニック君もゴブリンさんみたいに頼り甲斐があればなぁ。いっそゴブリンさんが私の夫になってくれる?」
「そんなっ⁈フィズちゃんそれはあんまりだっ‼︎ぼ…僕だって結構頑張ってると思うよ⁈」
「あっちょっと、ちゃんと前見て!」
「大丈夫だよジンは賢いからちゃんと歩いてくれるよ!」
「御者が全部馬に頼ってどうするのよ!もう、冗談よ、冗談に決まってるでしょ」
「本当?本当だね?本当だよね?良かった…」
「わかったら早く前向いて」
二人の会話の中に出てきた“ジン”とは、ワタシ達が乗っている馬車を引いてくれている馬の名前です。
体色は焦茶、体は大きく力も強い、性格は穏やかで冷静、暴れる事は滅多にないそうですが、一度暴れると手がつけられないそうです。
非常に頭も良く二人の会話も理解しているようで、彼らを一瞥した後、溜息をつくようにヒヒィンと鳴いていました。
あの様子からすると、彼らのあのような会話は日常茶飯事なのでしょう。
実際、これ以降も似たようなやりとりを何度も見る事になりました。
…ワタシは彼らの騒がしくも楽しげな、他愛の無いやりとりを見ていて、少々羨ましさを感じたのを覚えています。
「…ヘイワ、ダナ」
「あっごめんなさいゴブリンさん、騒がしかったですか?」
「モンダイ、ナイ」
「それなら良かった」
「オモシロイ、カラ、フフッ、ダイジョウブ」
「もう!ゴブリンさんに笑われちゃってるじゃない!」
「あはは、ごめんよフィズちゃん…ねぇ?本当に冗談だよね?」
「もう!」
「…ヘイワ、ダナァ」
こうしてワタシ達は、極々平和な移動初日を終えたのです。
あけました、おめでとうございました。




