第二十一話「商人の夫婦」
「…うん、完璧!やっぱり具が沢山入ってると違うわね!あなた!スープが出来たわよ!そろそろ起きなさい!」
「う…ん…アタタ…まだ体が痛いや」
「ずっと寝てるんだからしょーがないでしょ?体が固くなっちゃってるんだわ」
「ハハッそれもそうだね…っと、ねぇフィズちゃん、馬車から降りるの手伝ってくれない?」
「嫌よ甘えないで、もうそれくらいは出来るでしょ?」
「うぅ…フィズちゃんが冷たい…でも好き」
「はいはいありがとう、スープ無くなっちゃうわよ」
「あぁちょっと待って、今行くから…よっ…と…ふぅ、やっぱり体が重たいなぁ」
「大怪我だったんだから当たり前よ、はい、あなたの分」
「ありがとう…早く治さないとだけど、フィズちゃんの手料理も食べられるし、このままでもなんだか幸せだなぁ」
「これからもずっと作ってあげるから馬鹿言わないで、
はいどうぞ、ゴブリンさん」
「ドモ」
栗色の髪をポニーテールにしている女性の名はフィズ。
焦茶色の髪を後ろで束ねている男性の名はトニック。
二人は商人の夫婦です。
あれから数日が経ち、ワタシ達は呑気に食事を共にしていました。
あの後、ワタシはフィズさんに交渉を持ち掛け、文字を教えてもらえる事になりました。
会話は置いとくとして、交渉の内容としては、“安全な寝床と食事、そして治療を施す代わりに文字の読み書きを教える事”、というものです。
彼女はとても混乱していましたし、ワタシも話慣れていなかったのでかなり時間がかかってしまいましたが、なんとか意図が伝わり、了承して頂けました。
初日こそ怯えた様子で接してきていた彼女ですが、日を追うごとにだんだん慣れてきてしまったようで、数日経った頃には平気な顔で食事を共にしていました。
いやぁ彼女、ワタシが今まで会った人間の中でも相当にずぶ…んんっ失礼、適応力が高いと言いますか。
肝が座っているんですよねぇ。
ワタシと出会ったあの日は、取り乱してこそいましたが、よくよく考えてみれば、彼女はあの状態でワタシに話を持ち掛け、状況を打破しようとしていたんですよね。なかなか出来るものではありません。
トニックさんなんか、目が覚めてはワタシを見て気絶するというのを三回は繰り返していたというのに…。
まぁそんな彼も数日経って何かを諦めたのか、普通に接してくれるようになりましたけどね。
多分、彼女に引っ張られて彼も適応力が高く…いや、諦め慣れてるだけかもしれません。
そんな彼らはその当時、駆け落ちの真っ只中だったそうです。
詳しくは聞きませんでしたが、双方の家族間でなんらかの問題があり、結婚を許してもらえなくなった為、やむなく二人で逃げて来たとの事です。
その途中、不幸にも盗賊に襲われてしまい、あの状況になってしまったのだとか。
馬が眠っていたのは、盗賊側にいた魔法使いの仕業だそうです。
あぁ因みにワタシが最初に始末した盗賊がそのようでした。
“駆け落ち中”な為、正確にはまだ商人では無かったそうですが、トニックさんには商売の心得があり、フィズさんには特殊な物を作る知識があったので、これから二人で仲良くやっていこうとしてるのだと、二人から聞きました。
…とまぁ、そんなこんなで最初の会話になる訳です。
あの時ワタシがたまたまあそこに居なければ、二人はあの場で更に不幸な目にあっていたでしょうし、ワタシもまともに字を習う事なんて出来無かったでしょうねぇ。
二人に出会わなければ、きっと今のワタシは居なかったと思います。本当に、あの時出会えて良かった。
二人には文字以外にも、様々な事を教わりました。
「このスープ、本当に美味しいなぁ」
「でしょう?そのお肉も野草も、全部ゴブリンさんが取ってきてくれたのよ?野草なんてさっき教えたばかりなのに、もう見分けられるようになっちゃったんだから、凄いわ」
「ニオイ、デ、ワカル」
「あぁそうか、ゴブリンは僕ら人間より鼻が効くみたいですからねぇ…ゴブリンさんにはお世話になりっぱなしだなぁ」
「そうねぇ、ゴブリンさんには感謝しないと、あっおかわりいかが?」
「イル」
「はいどうぞ、ゴブリンさん」
例えば、そうですねぇ…。
「…キキタイコト、アル」
「?なんですか?ゴブリンさん」
「“ゴブリンサン”、テ、ナニ?」
「「え?」」
ワタシの種族名とか。




