第一話「ゴブリンの村」
“ゴブリンの両性”とは、ゴブリンの中から時おり生まれる特殊個体で、そのほとんどが高い魔力と知性を持ち合わせています。
高い能力を持って生まれくる為か、“ホブゴブリン”へと変異しやすく、更にその先へも変異する事も少なくないそうです。
ワタシ達ゴブリンは本能的にそれを理解しているので、将来のボス候補として、“両性”を特別扱いする傾向にあります。
えぇそうです。
ワタシも例にもれず、ボス候補として期待され、特別扱いされてきました。
良い肉を食わされ、良い寝床で寝かされ、性別問わずたくさんのゴブリンがワタシの下へと集まってきました。
正直、最初の内は気分が良かったですよ。
最初の内だけですが。
ワタシに集まってきた者のほとんどは、将来的にワタシと番になりたがっている者ばかりでしたから、四六時中昼夜問わず、誰かしらが常に周りにいてずっとアピールしてきたもので、本当に困りました…。
本来であれば、両性はオスメス両方の特徴を持つ為か非常に性欲盛んなようで、寄ってきたゴブリン全てに手を出す、なんてよくある話なのだろうと思います。
成熟していなかったので性交はできませんが、それでも夢の様な状況の筈でした。
ただワタシの場合、その性欲というものが非常に薄いようでして、ゴブリン的にはほぼ無いと言っても過言ではなかったのです。
では、どうなるかと言いますと。
ワタシは相手にどのようなアピールをされても、まともに答える事が出来なかった、という訳です。
それでももっと自己中心的に振る舞えれば良かったのですが、若かった頃のワタシはなんとなく気まずくなってしまい、徐々に村での居心地が悪くなってしまったのです。
あぁ、ちなみに極一部のそれ以外の者は、すぐに番おうとしてきました。
もちろん全力で拒否しました。
ワタシがまだ成熟していないとわかっていた筈なのですが一体どうして…まぁそれはいいのです。
置いときましょう。
ワタシには、観察し、考え、試すという趣味がありました。
なので、アピールによってそれを中断せざる得ない事もよくあり、居心地の悪さに拍車をかけていたように思います。
どんなに説明しても分かってもらえませんでしたし、“そんな物よりも自分を見ろ”とばかりに、邪魔ばかりしてくる者もいましたからねぇ…。
彼らには興味の無い事ばかりだったので、仕方がないのかもしれませんが。
それでも分かってもらえないのは寂しくて、ワタシだけが浮いているような、仲間外れになったような、そんな心持ちでした。
まぁ実際、浮いてはいたと思いますけどね。
さて、とある日の事、ワタシを含めた幼いゴブリン達は、先輩ゴブリン達に狩りへと連れ出されました。
狩りの仕方を覚えたのもこの頃でしたねぇ。
村の中にいれば常にアピールをされてしまい、居た堪れない気持ちになってしまいましたから、ワタシはその日を境に、積極的に狩りに着いていくようになりました。
何度も何度も連れ出され観察する内に、獲物の急所を学び、武器を持たされ、忍び寄り、ついには一撃で仕留められるようになったそんな頃。
ワタシは、魔法を扱えるようになっていました。
どうやらワタシは“隠す”事に長けた魔法に適正があったらしく、獲物へと近づく際に、自身を隠そうとして無意識に使っていたようなのです。
それからというものの、ワタシに群がるゴブリンの数は更に増し、もはや崇められるようになりました。
そして気づいてしまうのです。
望まれているのは“ワタシ”ではなく、ワタシが持つ“高い能力”だけなのだと。
“ワタシ”自身を見てくれる者など、
ここには居ないのだと。
知ってくれない訳です。分かってもらえない訳です。
最初から“ワタシ”自身に、興味など無いのですから。
話をしようにも、ちゃんと聞いてくれない訳です。
能力しか見ていないのですから。
欲しくも無い期待をされて、崇められて、媚びを売られて。
ワタシはそんな物、望んでいないのに。
気づいてしまってからは、ずっとそう思いながら過ごしていたものですから、いつしかワタシはたくさんのゴブリンに囲まれているにも関わらず、“孤独”を感じるようになっていました。
もしワタシが“普通”のゴブリンであれば、こんな風には思わなかったのかもしれません。
もしワタシにもう少し、ゴブリンとしてのマトモな感性があれば、何か違ったのかもしれません。
ですが、違うものは違うのです。
無いものは無いのです。
いくら狩りが上手くなろうが、いくら魔力が高くなろうが、いくらゴブリンを侍らせようが、
決して手に入るような物では無かったのです。
そこにあるのは“普通”ではなく、“虚しさ”と“孤独”だけ。
“疎外感”が消える事もありません。
いくら待ってもダメ、
何をしようがダメ、
もはやここに居るのがダメ。
思い詰め悩みに悩んだあげくにワタシはやがて…
生まれ育ったこのゴブリンの村を去ってしまおうと、
そう思い立つのです。