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第百八十九話「決断」

「お別れは済んだ?キミドリさん」


「…」



歩みを止めずに、ワタシは思います。


彼にワタシのしようとしている事を悟られてはならない。


彼にはワタシに、いえ、ワタシの言葉だけに意識を向けてもらわなければならない。


思い起こされるのは、ペタルとアルトさんのやりとり。


ペタルの言葉にだけは、少しだけ真面(まとも)な反応を見せた彼の姿。


頭に直接響く妖精の言葉なら、彼に届くかもしれない。


ならワタシも、それと近しい事をすれば良い。


妖精と同じ事が出来ずとも、ゴブリンであるワタシなら、それと近しい事が出来る。


魔法未満の魔法。念話未満の念話。

思考を鳴き声に乗せて伝える(すべ)


ワタシは、声に意思を織り込むあの感覚を思い出しつつ、言葉を紡ぎ始めました。



「アルトさん。アナタがワタシを手に入れたとて、アナタが本当に欲しいものは手に入りませんよ』


「そんな事ないよ。ボクはもうキミドリさんさえ居れば」

「アナタが本当に欲しいのは、アルトさんに寄り添ってくれる誰か(・・)でしょう』


「…」



ワタシは歩みを止めずに続けます。



「初めてアナタに会った時、ワタシは確かに、アルトさんに理解を示したかもしれません…ですが、それだけです』


「…それだけ?」


「えぇ。それ以上の事は何もありません。ワタシには、アナタと共に居ようという気はないのです』


「…」


「ワタシを無理矢理アナタのものにしたとしても、きっとアナタの欲しいものは手に入らない』


「…じゃあ、他に誰が居てくれる?誰が理解してくれる?貴方だけだったじゃないか。キミドリさんだけがボクを分かってくれたじゃないか。永遠に英雄であれと願わなかったのは、貴方だけだったじゃないか…!」


「アナタには大事な家族も仲間も居たのでしょう。なら、ワタシだけではなかったのでは?』


「皆んなはもう居ないっ!!!」



語気を強めて彼は言う。



「ボクが英雄だったから…皆んなの所にいなかったから、皆んなを守れなかった…!…ずっと生きてきて、貴方だけだった…英雄としての私じゃない、ボクをボクとして見てくれたのは…あの時から今までで、貴方しか居なかった…!」


「英雄であるから、英雄としてではないアルトさん自身の事が見えづらくなっているのでしょうね。…だったら辞めてしまいなさい、英雄なんて(そんなもの)


「簡単に言うなっ!!!」



アルトさんの背後から伸びてくる、何本もの光の手。


しかし感情的になっている為か、非常に軌道が読みやすい。


こちらに向かってくる光の手を、右手のナイフで全て切り落とし、ワタシは言葉を口にする。



「アルトさん。アナタが苦しんでいる理由は、不老不死の呪いにかかっているからではありません。アナタが“英雄”であるから、アナタは死にたいと、苦しみから解放されたいと願っているのです』


「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!」


「永遠に生きていれば、いずれ呪いを解く方法も見つかるでしょう。ですがアナタが英雄である限り、それこそ死ぬまで、アナタは苦しみ続ける事になるでしょうね』


「黙れっ!!!」



光の手の勢いが増す。

変わらず、軌道は読みやすい。



「私は…私は英雄なんだっ!英雄でなければならないんだ…!最期まで英雄でいなければ…!私は…私は!」



彼から溢れる悲痛な叫び。


察するに、アルトさんは自身を許せずにいるのでしょう。


英雄であったから、大事な人達の近くに居られなかった。

だから、守れなかった。


故に、彼は英雄であり続ける。


英雄だったから、仕方がなかったのだと自身に言い聞かせ続けてきたのでしょう。



昔のワタシには待ち得なかった、大事な誰か。


それは昔のワタシに無かったものですが、それでも、今のワタシになら分かる事があります。



「…アルトさん。アナタは』

「うるさい卑怯者っ!!!」



アルトさんの言葉に、思わず足を止める。


同時に、アルトさんから伸びてくる光の手も静止する。



「…卑怯者?』


「そうだ…そうだよ。貴方は卑怯者だ。顔も経歴も何もかも隠して、それでボクに好き勝手に言うなんて、卑怯じゃないか」


「…なるほど』


「卑怯者だから好き勝手に言うんだ。好き勝手に言いたいから隠してるんだ。じゃあ…じゃあボクに言った事、全部、全部、嘘かもしれないじゃないか」



怒りの表情を露わにし、こちらを睨みつけるアルトさん。


彼の言っている事には、一理ありました。


何もかもを隠している者の言う事など、信用に値しない。



「…』


「ボクと同じ立場だった事があるって言ったのも、嘘だったんでしょ?だから簡単に英雄を辞めろなんて言ったんでしょ?」


「嘘ではないのですけどねぇ…』


「嘘をつくな。貴方を信じない。許さない。許さない、許さない!許さないっ!!」



ワタシの言葉が届かない。

ワタシの言葉から、意識が逸れ始めている。



「アルトさん』


「もう何も聞きたくないっ!!!」


「…分かりました。



では、隠さなければ、話を聴いてくださるのですね?』



ワタシは、自身にかけている“暗がり”と“幻覚”の魔法を解きました。


来週はお休み。

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