第百八十二話「錯乱」
光の手が、ワタシ達に向かい迫ってくる。
同時に、ワタシ達は動き始めました。
「“ビースト・アクト”!!」
ギルベルトさんが前に出て、切り上げるように大剣を振るう。
振るわれた大剣は光の手を切断せず、弾き、軌道を逸らしてワタシ達への直撃を避ける。
「チャロアッ!!抱っこ!!」
「ラナンちゃん、お願いねぇ〜」
「よしっ!!“フィジカル・バフ”!!」
ラナンさんはチャロアさんを抱き上げ、自身に身体強化の魔法を施し、英雄のいる場所へと走り出す。
「“求めしは安寧。心薙ぐ静寂。荒ぶる波を鎮める光”」
ラナンさんに抱えられたチャロアさんは、両手で一つの触媒を握り込み、長々と詠唱を始める。
彼女が詠っているのは、精神を安定させる魔法。
それもおそらく、彼女が使える魔法の中で最も効果が高い魔法、そして最も効果の高い方法が取られている。
「ギル!十時の方向から来るよ!!その後は三時の方向から!!ラナンちゃんはそのまま突っ切って!!」
最後方から周囲を見渡し、指示を飛ばすのはファルケさん。
彼の目が、迫り来る光の手を見逃さない。
道を開き、走り、詠い、避けていく。
着実に、英雄へと近づいていく。
しかし、英雄に近づく程に、光の手の密度が上がっていく。
ギルベルトさんが光の手を弾いても、ファルケさんが指示を出しても、ラナンさんが避けても、避けるのが難しい手もある。
「ラナンちゃん!!上から来てる!!」
「うわっ!?」
ワタシは、その為の保険。
スパァンッ!!
ノーム製のナイフを振るい、光の手を切り裂く。
「師匠ナイスッ!!」
「いいから前を向いて下さい!!」
ラナンさんが走る。
ワタシはそのすぐ後ろを着いていく。
「あとっ!!ちょっ!!っと!!」
英雄のいる場所まで、あと少し。
「ギル!!」
「!」
ファルケさんがギルベルトさんに目配せをする。
「ラナンッ!!!」
ギルベルトさんがラナンさんの名を呼ぶ。
彼はラナンさんに向けて大剣の先を差し出す。
「分かった!!」
ラナンさんはその大剣の先に躊躇なく飛び乗り、屈む。
「今!!」
「“ビースト・アクト”!!!」
ファルケさんが合図し、ギルベルトさんが英雄に向かって大剣を振るう。
ラナンさんは大剣から発射されるように、英雄に向かって、跳ぶ。
「っっっだああああああああああぁっ!!!」
英雄の近くに着地し、更にもう一歩、英雄に向かって、跳ぶ。
その瞬間、英雄の真後ろから現れる光の手。
避けようが無い。
スパァンッ!!!
正面から迫り来ていた光の手を、身体強化の魔術を最大出力で自身に施してラナンさんのやや上辺りに向かって跳んでいたワタシが、地面に着地すると同時に、切り飛ばす。
チャロアさんが、詠唱を終える。
彼女の魔法が英雄に届く範囲に、入る。
「“静まり給え。鎮まり給え。ただただ安寧を、願い賜う。
“トランクイル・ハート”」
チャロアさんが持っていた触媒が、キラキラとした優しい煙となり、英雄から立ち上っていた黒い煙ごと彼を包み込んでいく。
彼が魔法によって錯乱していたのなら、これで正気に戻る筈。
なのに、何故でしょう。
ワタシの不安が、まだ消えない。
嫌な予感が、拭えない。
それどころか、焦燥感が増していく。
何故。
キラキラと光る煙の向こうの、英雄と、目が、合う。
「…っ!!?」
全身に走る寒気。
ここに居てはいけないという、本能からの警告。
「逃げて下さいっ!!!」
ワタシは確信しました。
まだ、何も終わっていないのだと。
来週はお休み。




