第十七話「旅の再開」
こうしてワタシは、一人旅を再開する事となってしまったのです。
…あとで聞いた話ですが、ゴブリンというモンスターは、どうやら新月の日の夜に、普段よりも本能が強まり、より凶暴になってしまうのだそうです。
あの日、ワタシがゴブリンらしい感性を目覚めさせてしまった理由の一つなのだと思います。
なんにせよ、ワタシにとっては全てのタイミングが悪かったのだと、そう思わざるを得ません。
あまりにも、目覚める“キッカケ”が多すぎました。
あの日から、ワタシは盗賊を見るとザワザワとした嗜虐心が湧いてくるようになってしまいました。
なんとか抑えようと心がけてはいるのですが、抑えきれず、壊滅させてしまった盗賊団は、一つや二つではありません。
壊滅させずとも、無意識に痛めつけるような行いをしてしまった事も多々あります。
ワタシは、このゴブリンらしい感情が大嫌いです。
…気を取り直しましょうか。話を戻しますね。
一人旅を再開したワタシは、また以前と同じように各地を放浪しました。
ただ以前とは違い、様々な知識や技術を身につけ、荷物も持てるようになったので、旅を続ける上での苦労は格段に減りました。
体が大きくなった分、必要な食料は増えてしまいましたが、狩りの効率が上がったので全く問題にならず、むしろ体力や筋力が増えて険しい道のりも比較的楽に行けるようになりました。
断崖絶壁の岩場
常に荒れ狂う大河
沼地ばかりの密林
巨大な氷柱が並ぶ豪雪地帯
隠れる場所などない砂漠地帯
それまでなら行けなかった場所にも、足を運べるようになりました。
ええ、危険を考えれば別に行かなくてもいい場所ばかりです。…ワタシは好奇心には抗えないんですよ。
魔法の長時間使用や多重使用が常となっていたので、だいぶ危険を回避できるようになりましたし、行ってみたくなってしまったんですよねぇ。
…ゴブリン関係なく、我慢が効き辛いのはワタシ自身の悪癖なのかもしれません。
そういえば、そういう危険な場所以外を除いた普通の森や山などでは、人間を見かける事が増えました。
おそらく、知らぬ間に人間の生活圏に入っていたんでしょうね。
やたら盗賊を見かけていたのも、そのせいなのかもしれません。
そういうたまたま見つけた人間達は、もっぱらワタシの観察対象になっていただきました。
人間の中でも特に観察しがいがあったのは、やっぱり冒険者ですかねぇ。
“冒険者”と呼ばれるだけあって、冒険に必要な知識や技術を持っていましたし、人によって持つ“武器”が全く違っていましたから、とても勉強になりました。
戦闘や魔法の技術のいくつかは、真似てみようとした事もありましたねぇ。まぁ、“水の玉”の時と同じように、上手くいかない方が多かったですけど。
それに、冒険者達の話を聞いているのはとても楽しかった。
彼らが請けていたであろうクエストの話であったり、今までの冒険についての話、彼らのいる町や村での日常での話や、ほんの些細な世間話、夢を語らう事もありました。
ワタシにはどれも新鮮で、ずっと聞いていたいくらいでした。
…遠くから盗み聞く事しか出来なかったのが、本当に残念でなりませんでした。
人間と必要以上には関わらないと決めていたので、一定以上の距離を取り、一日以上同じ人間には付き纏わないようにしていましたから、仕方の無い事なのですが…残念だと思うくらいは良いですよね。
距離がありましたから、日によっては会話が聞き取り辛い事もありましたし、そうで無くとも、早々に会話を切り上げてしまう事もありましたので、余計にそう思ってしまうのかもしれません。
…さて、そんなこんなで各地を巡り、ツキノ村で過ごしたのと同じくらいの時間が経った頃。
いくつめかの盗賊のアジトを壊滅させてしまい、虚しさと後悔に襲われていた時の事です。
暴れた後の片付けが終わって、薄暗くぼんやりしていたワタシの目に、三冊の本が映りました。
乱雑に置かれた、奪ってきたであろう金目の物の中に混ざり、比較的綺麗な状態で積まれていた三冊の本。
おそらく、ごく最近奪ってきた物だったのでしょう。
でなければ、もっと汚れや痛みがあってもおかしくありません。
知識としては知っていても、まともに本を見た事が無かったワタシは、なんとなく手に取って、ページをめくってみました。
一冊は、御伽噺を記した絵本。
一冊は、実在する冒険者の冒険譚。
そして最後の一冊は、
“魔法”とは違う技術、
“魔術”について書かれた“魔術書”。
ワタシが魔術に出会ったのは、この時です。




