第百七十四話「井戸の外」
パシャ、パシャ、パシャと、水音が響く。
パシャ、パシャ、パシャと、足音が響く。
揺れ、ボヤけ、歪んで見える。
そのように見える一本道を、ひたすらに歩いていく。
進む内に、先程まで変わり映えしなかった景色に、徐々に変化が現れる。
天井と壁を覆っていた水は量を減らし、やけに苔生してゆき、辺りを緑で覆っていく。
魚や貝といった生き物達は、蛙や虫といった生き物に代わっていく。
更に進むと、足元の水面以外の水はすっかり無くなり、天井と壁からは、上向きに生えた木の根が見え隠れし始める。
『着いたわよ』
ペタルにそう言われ、辺りを確認する。
辿り着いたのは、木の根と葉に囲まれた円形状の空間。
その中心部の水面からは強い光が漏れており、そこが出口であると一目で分かりました。
「…やっと着いたか〜!じゃ、早く出ようぜ!」
「あらぁ。ラナンちゃん、すっかり、飽きちゃったのねぇ。でも、ここって、とっても、興味深いし、わたしは、もう少し、居ても、いいんだけど〜」
「チャロアちゃんて意外と肝が座ってるよねぇ。俺はラナンちゃんに賛成かな。薬の効果がまだ残ってるって言っても、ここから早く出るに越した事はないしさ」
「オレもラナンとファルケに賛成だ。ここは時間の経過が殆ど無いとはいえ、今は事を急ぐ」
「あらぁ。残念〜」
「キミドリさんも、それでいいな?」
「えぇ。それがよろしいかと」
「よし」
そんなやり取りをして、ギルベルトさんが前に出る。
「今度はオレが先に行く」
一歩、二歩、三歩と、強い光を放つ中心部に歩いて行き、光の淵まで近づいて、一度立ち止まり、光を中を除き込もうとして、足の先が光に触れた、その次の瞬間。
カッ!!
バシャリッ!!
「なっ?!」
「うわっ!!!?」
「きゃっ!」
「っ!!」
「!」
中心部の光が足元一面に広がったかと思えば、突如、足場を失ったかのように、ワタシ達は水面の中へと飲み込まれていきました。
水の中へと吸い込まれた感覚の後、井戸の中に入ってきた時と同じような浮遊感に襲われる。
入ってきた時と違う点があるとすれば、目を開けていられぬ程に、周囲が光で満ちていたという事。
やがて、ゆらゆらとした浮遊感が無くなってゆき、光が弱まり、足元に地面の感触が戻ってくる。
目を開けると、ワタシ達は森の中に立っていました。
無事、“なりそこない”の外に出られたようです。
「…出られたのか」
『そうよギルベルトちゃん。ビックリしたかしら?ウフフ』
「そうか…あぁそうだな。随分、驚いた。不思議な体験をしたものだ」
『でしょうね。じゃ、もうアーシの案内は要らないわね?アーシ、キミドリのフードの中に入ってるから、なんかあったら呼んでちょーだい』
「ペタルさん」
『何?』
「ありがとう」
『…別に、アンタの為じゃないわよ。じゃ』
そそくさとワタシのフードの中に潜り込んでくるペタル。
少し複雑そうな、しかし気恥ずかしそうな顔をしていたような気がします。
「…よし、まずは全員、体に異常がないか…っ!!!伏せろっ!!!」
「っ!」
突然、ワタシに向かい走り出し、横に薙ぐ形で大剣を構えるギルベルトさん。
ギルベルトさんに言われた通り、即座にしゃがみ込んだすぐ後、ワタシの上を通り過ぎる大剣。
直後。
ザンッ!!!
と、何かが切り払われた音がする。
「『あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!!』」
耳と脳を同時に劈くような悲鳴に慌てて後ろを振り向くと、そこに居たのは、切り裂かれ、消える寸前の、黒い人影のような、おそらく魔物と思わしき得体の知れない何かでした。




