表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/196

第百七十二話「井戸の中」

「ふむ。これがペタルの言っていた例の井戸ですか…」



そう言いながら井戸を見る。


一見すれば何の変哲も無い、ただの苔むした古い井戸。


ですが中を覗きこんでみれば、長年 誰の手も入っていないにも関わらず、底が見える程の澄んだ水が張っていました。



「放置されていたのならもっと(よど)んでいてもおかしくないのですが…これも“出入り口”が出来ている影響なのでしょうか?」


『さぁね?分かんないけど、まぁそうなんじゃない?開いてない時は、そもそも水も入ってないしぃ』


「なるほど」



改めて井戸を見る。


大きさは一般的な井戸と同程度。


とても大きいわけでもなければ小さいわけでもない。


ワタシやラナンさん、チャロアさんとファルケさんなら、楽々と中に入れるように見えました。


しかし。



「…ギルベルトさん、入れそうですか?」


「ふむ…」



ギルベルトさんは体格が良い。


その上、全身に鎧を着込んでおり大剣まで背負っている。


正直、ギルベルトさんがそのまま井戸に入るのは、少し無理があるように思いました。



「ギルベルトさん、よろしければ大剣だけでもワタシが中に持って入りましょうか?幾分(いくぶん)かマシになる筈です」


「そうだな…後は鎧を外せば、なんとか…」


『あら、そんな必要ないわん』



呟くギルベルトさんに、ペタルが口を挟みました。



『ギルベルトちゃんには、この井戸はちょっと小さいかもだけど、まぁそのくらいなら問題ないわよ?入りたいと思えば、入れちゃう筈だわ』


「そういうものか…?」


『そういうもんなの』



“出入り口”、“なりそこない”、“妖精の小道”等、色々な呼び方をされていますが、ようは空間に空いた穴。


当然のように空間が歪んでいますから、少しくらい穴より大きくても問題ないようです。



『で、中に入るんでしょ?薬、飲まなくていいの?」


「そうですね」



ワタシ達はペタルに促され、妖精の飲み薬を取り出しました。


互いに顔を見合わせて、頷き合い、飲み薬の入ったビンの蓋を開け、一気に飲み干す。


薬が喉を通り、胃へと入っていった端から、即座に体に馴染んでいく感覚がありました。


トニックさんから即効性のある薬だとは聞いていましたが、これ程までに素早く馴染む感触があったのは、おそらく、作り手がフィズさんだからなのでしょう。


薬を飲み干し、数十秒後。


薬が体に馴染み切った感覚の後、ペタルが口を開きました。



『…さっきも言ったけど、中に入ったらもう引き返せないからね?』


「えぇ。分かっておりますとも」



ペタルに返事をした後、ギルベルトさんに向き直る。



「ギルベルトさん、まずはワタシが中に入ります。体に何事も無ければペタルに伝えますので、その後に入ってきて下さい」


「分かった」


「では」



そう言い残し、ワタシは井戸の縁を乗り越えて、足から井戸の中へと飛び込みました。



バシャリ。



と、水の中に落ちたかと思えば、全身が落下の浮遊感に襲われる。


視界が歪み、ボヤけ、上から差し込んできていた光が反転し、足元から水面が見える。


少しすると、落下の浮遊感が徐々に無くなり、ワタシはゆらゆらと揺れる水面へと降り立ちました。



「…ふむ」



足元には、光が差し込む水面。

頭上には、井戸の底。

左右と後ろには、井戸の壁。

そしてそれらに纏わりつくように水が張り付いており、目の前には歪み続ける一本道。

向こうまで見通せる筈なのに、妙にボヤけて先が見えない。

体は濡れておらず、息も出来る。


体に異常は無い。


ワタシは無事に、井戸の中の“なりそこない”に入れたようでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ