第百七十話「行ってきます」
「では皆さん。準備が出来ましたら僕の馬車に乗って下さい。そろそろ出発します」
トニックさんはそう言うと、馬車の御者席に乗り込み、目的地の廃墟へ向かう為の道の最終確認を始めました。
ペタルが風を起こしたあの騒動の後、ワタシ達は少し話し合い、トニックさんの馬車で例の廃墟まで向かう事になったのです。
最初は、歩いて廃墟まで向かうつもりだったのですが、少しでも体力を温存した方が良いという事になりましてね。
トニックさんのご好意で廃墟まで送ってくださる事になったのです。
馬車で行けば、ワタシは姿を隠す魔法を使わなくて済みますし、廃墟へ向かうまでの間に、馬車の中で出来る限りの話し合いが出来るのでありがたかったです。
「あの、キミドリさん」
既に馬車の中で待機していたワタシに、フィズさんが声をかける。
「どうなさいましたか?フィズさん。おや、ベルさんもご一緒ですか」
見れば、フィズさんはぐっすりと眠るベルさんを抱えて、馬車の中を覗きこんでいました。
「はい。ベルも見送るかと思って連れてきたんですが、まだ起きそうになくて…あ、そうじゃなくて」
「?」
「キミドリさん、ちょっといいですか?」
ワタシはフィズさんに促されるままに馬車を降り、フィズさんに着いて行きました。
「キミドリさん」
「はい」
連れてこられたのは、馬車のすぐ近く。
丁度、他の皆さんからは見えにくくなっている建物の影でした。
「あの、良かったら…あ、すいません。ちょっとベルの事、抱っこしててもらっても良いですか?」
「良いですよ」
フィズさんはワタシにベルさんを渡した後、自身の首の後ろに両手を回し、服の中に隠れていたネックレスを取り外す。
「これ、良かったら使って下さい」
ネックレスの先に付いていたのは、薄らと光る綺麗な小石。
よくよく感じとってみれば、その小石には魔力が宿っている事が分かりました。
「フィズさん、これは…?」
「私の魔力が詰まった、妖精結晶の欠片です」
「妖精結晶…?あ」
聞き覚えがある。
あれは確か、トニックさんに初めて持ち物を鑑定して頂いた時に、彼が言っていた石の名前。
確か、ワタシが彼らに初めて贈った三つの石の内の一つが、そのような名前だった筈。
「もしや、これはあの時の石の一部ですか?」
「はい。普段は私から溢れた魔力を吸う魔道具として、いつも身に着けるようにしている物です」
「…外して大丈夫なのですか?」
「実はこれ、トニック君も持ってて、さっき借りたので大丈夫です」
「なるほど」
「ちょっと、失礼しますね」
そう言うとフィズさんは、ワタシのフードに両手を差し入れて、ネックレスを着けてくれました。
「私が着けてたこのネックレスには、大体、五割くらいの魔力が入ってます。多分、キミドリさんの魔力量と同じくらいですかね?」
「…自分で言うのもあれですが、とんでもない量ですね」
「そうですね。それでこのネックレスなんですが、身に着けていれば、魔力を吸わせる以外にも、自分の意思で魔力を引き出したりも出来るんです」
「…ふむ。確かにそのようですね」
「はい。きっと、何かの役に立つと思うので、私から借りて行って下さい」
「…フフ、なるほど?それは、返しに来なければなりませんねぇ」
そんなやり取りをしていると、ワタシ達の声で目を覚ましてしまったようで、ベルさんが眠そうな顔でワタシを見上げました。
「んー…キーロリ?」
「おや、起こしてしまいましたか」
「んー。おあよー」
「はい、おはようございます」
「…どっか、いくの?」
「はい。少し遠くまで」
「そかぁ」
ベルさんをフィズさんに渡した後、フィズさんに着けてもらったネックレスが外からは見えないように、ローブの下に、大事に仕舞い込みました。
「フィズさん、ありがとうございます。こちらのネックレスは、大事に、お借りさせていただきますね」
「はい!絶対、返しに来てくださいね」
「師匠ーー?あれ何処いった?師ーー匠ーーっ!そろそろ行くぞーーーっ!」
ワタシとフィズさんが話している間に、馬車に乗り込んでいたラナンさんがワタシを呼ぶ。
「キミドリさん、呼ばれてますね」
「そうですね。そろそろ行かないと」
「そう、ですよね…。それじゃあ、キミドリさん」
フィズさんは、ベルさんと共に、いつものようにワタシに笑いかけ、別れ際の台詞を言う。
「行ってらっしゃい!」
「いてらしゃーい!」
そう、いつもと同じように。
「…はい。行ってきます!」
ワタシはお二人にそう言って、馬車に乗り込み、そして、ワタシ達は目的地へと出発するのでした。
来週はお休み。




