第百六十八話「妖精の飲み薬」
「“妖精の飲み薬”…?いえ、初めて聞きました」
「まぁ、あまり有名な薬では無いですからねぇ」
「…!」
初めて聞くその単語に、首を傾げるワタシ。
そしてワタシとは逆に、少し間を置いた後、驚いたような反応をするギルベルトさん。
ワタシはギルベルトさんに聞きました。
「もしや、ギルベルトさんは“妖精の飲み薬”をご存知なのですか?」
「…聞いた事がある。飲めば、ありとあらゆる心身の異常を跳ね除け、正常に保つ霊薬があると。相当に貴重な物で、本来なら一生目にする事も無い代物の筈だが…」
そう言ってトニックさんの方を見るギルベルトさん。
トニックさんはニコリと笑いながら答えます。
「御名答。噂としての妖精の飲み薬は、そのように言われていますね。詳しい効果はやや異なりますが、その認識で大体合ってます」
「…まさかその箱に入っている小瓶全てが、“妖精の飲み薬”だと?」
「はい。十本とも“妖精の薬”です」
「…」
「では、扱う際に多少の注意点がありますので、手短く説明させていただきますね。まず、この薬の詳しい効果ですが…」
そう言って、トニックさんは“妖精の飲み薬”の説明を始めました。
まずは、薬の効果について。
薬は、ギルベルトさんが言っていた効果とは少し異なり、“心身の異常を跳ね除ける”という物ではないようです。
正確には“心身の状態を保つ”効果なのだそうで、薬を飲んだ瞬間を基準とし、一定時間の間、心身の状態をその基準に保ち続けるという効果との事でした。
逆に言えば、飲んだ時点で心身に異常があってもそれを治す効果は無く、むしろ、あらゆる治療が効かなくなってしまう、という事です。
噂と事実。
似ているようで、違う効果。
正しく使えれば、結果としては大きな違いはありませんが、一歩間違えれば大惨事、と言ったところでしょうね。
因みに、心身の状態を保つと言っても、無敵不死身になる薬ではないので、過信は禁物との事でした。
次に、薬の効果時間について。
個人の体質や環境等の条件にもよりますが、最大効果時間は三時間程。
短くても、一時間を切る事はまず無いそうです。
元々は“妖精の小道”を渡る為に、ノームによって薬のレシピがもたらされたという逸話があるそうで、言ってみれば、“妖精の小道”を渡るのに特化しており、よほどの悪環境でない限りは、効果時間が一時間まで短くなる事はないらしい、との事でした。
とまぁ、他にも色々と説明をしていただけましたが、まぁ、ざっくりと言えばこんなところでしょうかね。
そんな説明をトニックさんから一通り聞き終わり、なるほどと頷くワタシと、片手で頭を押さえているギルベルトさん。
「…トニックさん」
「はい、ギルベルトさん」
「一応聞いておくが、その薬は何処で手に入れたんだ?」
「企業秘密…と、言いたいところですが、これはフィズちゃんが作った物です」
「奥さんが?」
「専門的な知識とある程度以上の設備があれば、作り方自体はそう難しいものでも無いんですよ」
「…材料か」
「その通り。霊薬だなんて噂が立つくらいの物ですから、色々と珍しい材料が必要でしてね。本来なら知識だけあってもどうにもなりませんが…ただ僕達の場合は、一番貴重な材料だけは、手元にありましたから、なんとか作る事が出来ました」
「失礼を承知で聞くが、その材料の出所は?」
「はは、僕のお店で買い取っただけですよ。ね、キミドリさん」
「…ワタシ?」
「はい」
そう言われて、トニックさんのお店で買い取ってもらった物を思い返す。
とても貴重で、薬の材料になりそうな物。
“妖精”の飲み薬。
「あ」
「お分かりになったみたいですね」
「…トニックさん。失礼を重ねて申し訳ないが、アンタはキミドリさんから何を買いとったんだ?」
ギルベルトさんの疑問に、トニックさんは答えます。
「“妖精の鱗粉”ですよ」
「…あぁ」
ギルベルトさんは納得したように、ワタシの方を見ました。




