第十六話「また、一人」
一時はあれだけ欲した、ゴブリンとしての本能。
多種族を貶めたいという欲求。
ワタシにとってそれは最早、
無用で、無価値で、無縁な筈だった感情。
人間に好意を持ってしまったワタシにとってそれは、
気付きたくはなかった感情でした。
ワタシはただ、彼らに近づいてみたかった。
出来る事なら、仲良くなってみたかった。
彼らの仲間に、なった気でいたかった。
ワタシは別に、人間になりたかったわけではありません。
しかし人間ではないワタシが、彼らと共に在る事など出来よう筈も無かったのです。
ましてやゴブリンなんて、夢のまた夢。
最初から無理な話だったのだと、ワタシは思いました。
さて、自らの目覚めてしまった衝動に酷い戸惑いを感じたワタシは、頭を抱えました。
失望し、深い悲しみを覚え、そして困惑。
嘆き、俯き、どのくらいの時間そうしていたのでしょうか。
ワタシが顔をあげる頃には、もう朝日が昇っていました。
それから少しして、ひとまずの落ち着きを取り戻したワタシは、全員分の墓を作る事にしました。
人間は死んだ者の為に、墓という物を作ると聞いていたので、ワタシが行った事のせめてもの償いとして、弔う事にしたのです。
それに、死体を求めて大型の動物やモンスターが集まってきてしまったら、ツキノ村に迷惑をかけてしまう可能性があったので、深く土に埋めてしまって、それを防ぐ意味合いもありました。
一人につき一つづつ、穴を掘り、寝かせ、埋める。
最後に石を積み、花を手向ける。
全員分の墓を作り終えたワタシは、次に自分の旅の支度を始めました。
場所が場所だったのでワタシ一人分くらいの荷物を作るのは、とても容易い事でした。
拝借したのは、カバン一つとナイフを三本、食料と水を少しづつと、身体に合った服、それから少し大きめのローブ。
支度が終わり上を見上げれば、空はすっかり赤くなり、遠くからは夜が迫ってきていました。
ふと、ツキノ村の在る方向を振り返りました。
そして、少しの間、物思いにふけりました。
思い出されるのは、楽しかった事ばかり。
彼らの楽しげな顔ばかり。
ワタシは、人間が好きです。
彼らはとても面白く、興味深い。
好奇心がそそられて、好ましい。
ワタシは彼らを、これからも観察し続けるでしょう。
ですがこの時、ワタシは決めたのです。
人間には必要以上に近づかないと。
好意を持つから、愛着を持つから苦しくなるのなら、知識欲を満たす以上の関わりを持たなければ良いと、そう考えたのです。
当時のワタシは、それ以上に良い方法を思いつく事は出来ませんでした。
今だって、思いつける自信はありません。
ワタシはきっと、ツキノ村を訪れる事は今後二度と無いでしょう。
ツキノ村とは逆の方向へ向き直り、ワタシはその場を去りました。
そして、
ワタシはまた、一人になってしまいました。




