第百五十九話「遅刻」
「おせぇなぁギル…」
「そうだね」
「…なぁ、ファルケ」
「何?ラナンちゃん」
「…流石にギル、遅過ぎね?」
「…そうだね」
ファルケさんが集合場所に来てからしばらく経ち、町全体が起き出して、活気付いてきた頃。
ワタシ達はまだ、ギルベルトさんがやって来るのを待っていました。
「そうだねって…いや流石に遅いって!あたしやっぱりギルドまで行って」
「駄目」
「でもさぁ!」
「ごめんね。でも駄目なものは駄目。俺もギルに頼まれてるんだ。だから、もうちょっと待ってね」
「…もうちょっとか?」
「もうちょっとだけ」
「…わかった」
ファルケさんに静止され、少し不貞腐れた顔をしつつも、大人しく馬車の中に戻ってくるラナンさん。
ラナンさんがギルドに向かおうとしたのは、これでもう三回目。
遅いとぼやくのは、十回を超えていたでしょうか。
それも無理はありません。
既に本来の出発時間は過ぎ、それなりに時間も経っていましたから、朝一番に集合場所にやって来ていたラナンさんは待ちくたびれてしまったのだと思います。
ワタシも、トニックさん達をこんなにお待たせする事になるとは思っていませんでしたから、少し申し訳なさを感じていたところでした。
まぁ、トニックさん達はそこまで気にしている様子はありませんでしたし、むしろギルベルトさんの事を心配していましたけどね。
お店の方はもしもの場合に備え、余裕を持って隣町に行けるように予定を立てていたそうなので、少しくらい遅れが出ても問題なかったそうです。
流石はトニックさん、と言ったところでしょうか。
そういうわけで、出発時間が遅れてきている事が少し気にかかりましたが、ワタシはそのものよりも、気になる事がありました。
「キミドリさん?」
「…ん?なんですか?チャロアさん。何かありましたか?」
「いいえ?キミドリさんこそ、どうしたの?なんだか、顔色が、あんまり良くないみたいだけど…」
「…フードで顔が見えないのに?」
「んー、雰囲気?っていうのかしら?何か、あんまり楽しくない、考え事をしてる時みたいな…違ったかしら?」
「…いえ、まぁ、そうですね?大した事ではないのです。心配してくださってありがとうございます」
ワタシは馬車の中で、コートに刻んだ魔法陣を起動して聴力を強化し、耳を澄ませていました。
町中の音を聴き、少しでも情報を集める為に。
『キミドリ』
(ペタル。戻りましたか)
姿を完全に消しつつ、ワタシにだけ話しかけてくるペタル。
『アンタの言ってた通り、なーんか町の様子が変だったわ。町の出入りがちょっと規制されてるみたいだったし、冒険者がぜーんぜん町から出て行ってないみたい』
(やはり)
ワタシはギルベルトさんを待っている間、彼が遅れてくる理由を幾つか推測していました。
例えば、ファルケさんが前日まで請け負っていた依頼が、貴族などの地位の高い誰かからのもので、彼が所属する明時の空に、何かしらの話し合いを持ちかけられていた。
例えば、前日までの依頼中に何か重大な事が発覚し、ギルドに報告しなければならなくなった。
例えば、前日までの依頼そのものが重要事項で、ギルド全体で早急に対策しなければならなくなった。
など。
そんな事を考えている内に、ワタシはふと、ペタルから聞いた “一つの噂”を思い出しました。
それは、“シェブナの森に魔物が増えてきている理由について”の噂です。
「すまん、遅くなった」
「あ!!遅いぞギル!!ギルドで何かあったのか?!」
「すまん。説明は後だ。キミドリさん、トニックさん。申し訳ないが、今回の依頼は一旦中止だ。延期か、依頼の取り消しを願いたい」
「はぁっ?!ま、待てよギルっ!!あたし聞いてねーぞっ?!」
「その説明も後でする。ラナンとチャロアはすぐにギルドへ向かってくれ。ファルケはもしもの場合に備え、避難誘導の準備を頼む」
「わかった」
曰く、“魔物達は増えているのではない”
「ギルベルトさん」
「キミドリさん。すまない。助けになりたかったんだが…今回はまずい」
「…何があったのですか?」
「…スタンピードが発生した」
“どこかから、何かから逃げてきているのだ”と。
あけましておめでとうございます。




