第十五話「殲滅」
あぁ、ワタシは何故、
もっと早く気が付かなかったんでしょう。
盗賊という存在を知っていれば、
事前に手を打てたかもしれないのに。
人間にも悪意ある者がいると分かっていれば、
あんな事にはならなかったかもしれないのに。
何故もっと想像力を働かせておかなかったのか。
ワタシにはもう、悔いる事しか出来ません。
“もしも”をいくつ重ねても、
あの時間は返ってこないと、分かっていても、
そうする事しか、出来ないのです。
実は、あの後の事をワタシは、よく覚えていません。
ただ苦しくて、悔しくて、辛くて、憎くテ、
コロしてやりタクテ、
同ジ目ニ合ワセテヤリタクテ、
そんな気持ちになっていた事だけは、覚えています。
気付けばワタシは村の外れにいて、目の前にはヨタヨタとおぼつかない足取りで走る、盗賊らしき人間の背中。
後ろには、変わらず火の手が上がるツキノ村。
手はナイフが握られており、全身が血で濡れて、真っ赤に染まっていました。
体に付いている多量の血と、薄らぼんやりとした記憶から推測するに、ワタシはどうやら村にいた盗賊全てをズタズタにした後、逃げて行った内の一人を追って、そこまで来ていたようです。
逃げていく盗賊は時々こちらを振り返り、情け無く悲鳴を上げながら、必死に距離を取ろうとしているようでした。
そこでワタシはふと気付きます。
自身の魔法が、いつの間にか解けている事に。
ここへ来るまでに解けたのか、村にいた時には解けていたのか。
どちらにしても、村の人間に姿を見られた可能性が高い。
何よりワタシは、人間に手をかけてしまった。
もう、戻る気はありませんでした。
「…サヨナラ」
自身に“認識阻害”の魔法をかけ直し、一言そう告げて、盗賊の跡を追いました。
それはワタシがツキノ村に向けて言った、最初で最後の言葉でした。
「おいなんだコイツ…ガッ⁉︎」
「た…たすけっ…」
「ぎゃあああああああああっ‼︎」
「イテェ…イテェよぉ…」
「こっちに来るな‼︎来るんじゃねぇ‼︎」
「やめてくれ…やめっ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
殴り、蹴り、抉り、刺す。
手を、足を、腹を、頭を。
盗賊を追い、根城へたどり着いたワタシは、そこに居た盗賊を全て殺してまわりました。
泣き叫び、逃げ惑い、許しを乞われても、
構う事無く、皆殺しにしました。
苦しむように、痛むように、絶望するように、
殺しました。
ワタシは人間を殺しました。
全て殺し終えたワタシは、暗い暗い闇の中、自身に問いかけました。
どうして、こんな事になったのか。
ワタシはただ、人間を知りたかっただけなのに。
ただそこに居られれば良かったのに。
ただ人間を、好きになっただけなのに。
知りたくなかった、こんな気持ちは、欲しくはなかった。
悲しい、苦しい、悔しい、辛い、憎い、耐え難い。
なのに、
あぁどうして、どうして気付いてしまったのか。
いやそれとも、思い出したと言うべきでしょうか。
甚振り、蔑み、殺した感触、
恐怖に歪み、青ざめた奴らの顔に、
一瞬でも“愉悦”を感じてしまった。
ワタシは、思い出してしまいました。
どれだけ本能が薄かろうが、
どれだけ理性があろうが、
どれだけ好奇心が強かろうが、
ワタシは、所詮、
ゴブリンなのだと。




