第十四話「襲撃」
あれは四度目の春、その夜更け。
新月の日でした。
空はうっすらと雲がかかり、星の光さえあまり届かず、いつも以上に外は真っ暗になっていました。
ワタシがいつも通り眠っていると、何処かから何かが焦げるような匂いがしてきたのです。
異変を感じて慌てて飛び起き、周りを見渡し、耳を澄ませました、が、近くに火の気は無く、ボロ小屋が燃やされているのではないと判断し、少しホッとしました。
そして同時に、疑問が湧いてきます。
ここでないなら、この匂いはいったいどこから?
時期的に祭りでは無い、あれば昼間に用意がある筈。
祝い事でも無い、あればもっと浮き足だっていた筈。
宴会でも無い、あれはこの間やった。
焚き火も違う、村からここまで殆ど匂いは届かない。
近くに旅人でもいるのか?いや、それならもっと早くに気がついた筈。
嫌な予感がする。
ワタシはボロ小屋の外に出ました。
焦げた匂いはより一層強くなり、顔をしかめながら、ワタシはまた周りを見渡します。
目に写ったのは、火の手が上がったツキノ村。
黒い煙がいくつも登り、村を赤く染めていました。
ワタシは猛烈な焦燥感に駆られ、ツキノ村へと駆け出しました。
走って、走って、走って、ツキノ村へと辿り着くと、ワタシの中にあった焦燥感は、絶望へと姿を変えました。
そこにあったのは、“地獄”でした。
見慣れた景色は破壊され、絶望に満ちたその空間はワタシにとって、まごう事なき“地獄”でした。
建物は燃やされ、畑は荒らされ、あらゆる道具は壊され、誰かの悲鳴が遠くから聞こえてくる。地面に転がっているボロボロの物は、ツキノ村にいた、見知った、人。
目の前の光景が信じられず、茫然自失となったワタシは、一番近くに倒れていた青年に、フラフラと歩み寄りました。
見れば体中傷まみれ。
殴られた跡、刺された跡、踏みつけられた跡。
ボロボロにされ、見るに堪える程に傷つけられている。
なのに急所だけは、明らかに外されている。
悪意が、滲んでいました。
こんな状態にされて、痛かったでしょう、苦しかったでしょう、辛かったでしょう、怖かったでしょう。
ただ一つ、たった一つ。
それでも不幸中の幸いだったのは、
「ヒュー…ヒュー…」
青年にまだ、息があった事です。
生きていると分かり、ワタシは急いで“回復”の魔法をかけました。
傷が治ったのを確認して、ワタシは別の人に近づきます。
その人も重症ではあるものの、辛うじて生きているようでした。
次の人も、そのまた次の人も、生きて“は“いました。
ワタシは確信します。
これを行った何者かは、相手が苦痛に歪むのを楽しむような、外道だと。
沸々と沸き上がる怒りを抑え、ワタシは片っ端から全力で“回復”の魔法をかけていきました。
それ以降は確認する時間も惜しいと考え、倒れている人を見つけ次第、叩きつける様に魔法をかけ、次の人を探しました。
…いえ、これは言い訳ですね。
ワタシは、確認するのが怖かったのです。
ワタシの使う“回復”の魔法は、無属性の魔法。
生き物の持つ自然治癒力を上げるだけの魔法です。
魔力を生命力に変え、直接流し込む光魔法とは異なります。
つまり傷が癒えても、死ぬ場合があるのです。
それだって生きているという前提の話であって、既に死んでいれば、そもそも傷は治りません。
最初に治して確認した人達も、その後に生きているとは限らないのです。
ワタシは怖かった。
ツキノ村の誰かが、死んでしまうのが怖かった。
だから無我夢中で魔法をかけ、時に燃える建物から人を引っ張り出し、抱え、背負い、火の手の無い比較的安全そうな場所に連れて行ったのです。
誰かが何か言っていたような気がしますが、
今となっては思い出す事もできません。
そして、
村の中心に行き、ワタシは見てしまいました。
縛られて、泣く人達を。
殴られ、刺され、甚振られている人を。
痛めつけ、気色の悪い顔で笑う人間を。
あれはきっと、盗賊だったのでしょう。
縛られているのは、女子供ばかりで、男性は殆ど居ませんでした。
悪意に満ちた人間を、ワタシは初めて見ました。




