第百四十五話「話す」
「まさかバレるなんて思わなかったなぁ。いつから気づいてたの?キミドリさん」
「商店街に入る前辺り。アナタがワタシの跡をつけ始めたのも、おそらくその辺りでしょう」
「当たり。よくわかったねぇ」
尾行していたのがバレてしまったにも関わらず、ニコニコと楽しそうに笑うアルトさん。
ワタシは再度、彼に問いかけました。
「アルトさん、質問に答えて下さい。アナタはどういうつもりでワタシの跡をつけていたのですか」
「そうだなぁ。知りたかったから、かなぁ」
「…知りたかった、とは?」
「ほら、ボク達さ、一緒に旅に出るでしょ?だから、これから相棒になる人の事をもっとよく知っておきたかったんだよ」
「…それは何度も断っている筈ですよ」
「でもボクと居た方がきっとキミドリさんも得だと思うよ」
「お断りします。ワタシはアナタの相棒にはなりませんし、アナタの旅にも付き合えません」
「じゃあ、ボクが着いていくよ」
「それも困ります」
「それはボクが困るなぁ」
やはり、どうしても話が通じない。
彼は受け入れられる前提で話を進めている。
話し合えているようで、こちらの意見を聞き入れる気が見られない。
このままでは、彼はジンジュレップにまで着いてきてしまう。
彼が何をしでかすか分からない以上、それは避けたい。
しかし彼から逃げ切るのは難しく、かと言って放置する事も出来ない。
なら、どうする。
なら、もっと根本に近い部分から否定すれば良い。
…今思えばワタシは、焦っていたのでしょうね。
その時のワタシは、賭けに出る事にしました。
賭けに出る事に、してしまったのです。
「…アルトさん」
「何ですか?」
「ワタシには、アナタの呪いを解く事は出来ません」
「そんな事ないよ。キミドリさんならきっと」
「ワタシはもうすぐ死にます」
「…死ぬ?」
「そう。死ぬのです」
「ははっ。そんな嘘」
「嘘だと思うなら魔法を使ったらどうですか?嘘を見破る魔法くらい使えるでしょう。アナタなら」
「…」
彼がワタシに執着するのは、呪いを解く手掛かりが欲しいから。
であれば、ワタシにそのような時間は残されていないと言ってしまえばいい。
そう、ワタシは彼に、ワタシの死期が近いと教える事にしたのです。
ワタシと共に旅に出たとして、ワタシが死んでしまえば元も子もありません。
彼も短い時間で呪いが解けるとは思っていないでしょうし、精神的に不安定とはいえ仮にも英雄ですから、死期の近い者をムリヤリ働かせるなんて事はしない…筈。
ワタシはそう願いながら、彼が諦めてくれる事に賭けてしまったのです。
「…そっか。いや、やめておくよ。多分、嘘じゃないんだよね」
「えぇ。嘘ではありません。ですから」
「だったら尚更 一緒に居ないとね」
「っ!?」
ワタシの真上から降ってくる、濃い魔力の気配。
ワタシは身を翻し、間一髪 空から降ってくる何かを避け、後方に跳びました。
「避けないで欲しいなぁ」
「…もう一度聞く必要がありそうですね。アルトさん、これは何のつもりですか?」
降ってきたのは、太陽光から伸びる複数の光の手。
おそらくワタシを捕まえようとしたのでしょう。
捕えるべき対象を失ったそれらは、力なく空からぶら下がっていました。
「大丈夫。悪い事は何もしないよ。ただ、キミドリさんが死なないように魔法をかけるだけだから」
「…アルトさん。言っておきますけど、最上級の光の回復魔法をかけても無意味ですよ。ワタシが死ぬ理由は、病気や怪我などではありませんので」
「あぁ、そうなんですね。でも大丈夫。ボクと同じ状態になれば問題無いよ」
彼は、貼り付けた笑顔のままそう言いました。
「…同じ?」
「“ライト・ヒール”をかけ続けて、ずっと回復させるんだよ。そしたらどんな理由でも関係無いよね?」
「…」
「ボクの魔力の性質、もう分かってますよね?キミドリさんの体にボクの魔力が行き渡れば、死ににくくなるよ」
「…お断りします」
「“ライト・ヒール”が嫌だったら、もっと上位の魔法でも良いよ。あんまり変わらないかもしれないけど」
「お断りします」
「大丈夫。もしかしたら魔力の飽和で拒絶反応が出るかもしれないけど、絶対に死なせないし苦痛も魔法でとってあげるから」
「ワタシは、断ると、言っているのです!」
「だから、安心してね」
もはやワタシの言葉が聞こえていない彼が、ワタシに向かい手を伸ばす。
途端、空からぶら下がっていた複数の手が、ワタシに襲いかかってきました。
ワタシは、賭けに失敗したのです。
遅くなりました。




