第百四十四話「後ろ」
肉、野菜、果実、その他。
町人向けに売られている沢山の商品を吟味し、選び、購入する。
「後は…あ、そちらのチーズとお肉もお願いします」
「はいよ!いつもありがとねぇ!」
「いえ、こちらこそ良くしていただいてますから。それにしても…今日はどこのお店も品薄のようですね。それに、また値上がりしている」
「そーなのよ〜。あたしら商人としても困っててねー。ほら、最近 魔物が増えてるって話じゃない?牧場とか畑とか襲われちゃって大変みたいなのよー」
「あぁ、最近よく聞きますねぇ。普段は見ないような魔物も人里に降りてきている、なんて話もありましたっけ」
「そうそう。だからお店の仕入れするのも大変でね〜。あたしらも頑張ってはいるんだけど、なかなかね〜…」
「お疲れ様です」
「ま、弱音なんか吐いたって儲からないからね!不況なんてよくある事だし、負けてらんないよ!ほら、これもオマケしとくから持ってきな!」
「あ、いつもすいません。ありがとうございます」
店主と他愛ない会話をし、買い物を続ける。
「ゆうれいさん、こんにちはー!」
「よー魔術師のだんなぁ!こないだは助かったわ!あんがとよ!」
「あ、ちょっと!魔術師さんこっちこっち!」
声をかけられ、言葉を返し、会話する。
いつものように商店街を歩き、いつものように振る舞う。
『…ねぇ、キミドリ』
ワタシのフードの中に隠れているペタルが、ワタシに声をかける。
「えぇ、分かっていますよ」
周囲の人間に聞こえない程度の声量で言葉を返す。
『…隠れるのだけは、アンタより下手っぴみたいねん』
「そのようですね。しかし、周囲の方々が誰も気づいていないのも事実です。普通なら見つからない程、巧みに隠れているという事でしょう」
『あら否定はしないのね。ま、アンタ、隠れたり見つけたりは得意だし、相手が悪かったって事かしらね』
「相手が悪いのはどちらですかねぇ…」
振り向かず、気配を探り、前に進む。
『…ホント、なんのつもりなのかしら。ちょーヤな感じぃ』
「分かりませんが、ずっとこのままというのは困りますねぇ」
付かず離れず、後ろを着いてくる相手を警戒しつつ、ペタルと会話する。
買い物を続けるフリをして、周囲を見渡す。
やはり、誰も気づかない。
買い物客も、商人も、時折すれ違う冒険者でさえも、気がついていない。
いえ、気に留める事も出来ない、と言った方が正しいのかもしれません。
『アーシ、こっから出ないからねん』
「えぇ、そうしてください。むしろ、その方が良いかもしれません」
先程から、距離を詰めてきていない。
人目が多いせいか、はたまた詰める気がないのか。
どちらにせよ、このままジンジュレップには帰れない。
「…」
次の場所に向かうフリをして、大通りから逸れる。
人の多い場所から、人気の無い場所へ歩いていく。
奥へ奥へと進んでいき、やがて、人気の無い裏道の行き止まりに辿り着く。
しかし、ワタシは構わず行き止まりの壁へと進んでいく。
歩き、歩き、つま先が壁とぶつかる直前。
スラッ、サンッ、タンッ
ナイフを引き抜き、魔力の糸を切る。
同時に、認識阻害と幻覚の魔法を駆使し、完全に姿を消したのち、壁を利用しつつ弧を描くように後ろに跳躍する。
タッ…
ワタシの後を付けてきていた人物の後ろに着地する。
少し間を起いた後、魔力の糸がウネウネと前方に向かいだし、切れた糸同士がビタリと繋がる。
「さて…」
ワタシの後を付けそうな人物など、一人しかいない。
ワタシは魔法を認識阻害と幻覚の魔法を解き、彼に声をかける。
「どういうつもりですか?アルトさん」
「…驚いたなぁ」
えぇ、そうです。
ワタシはアルトさんに、後を付けられていました。




