第百四十三話「情報を伝える」
時間が経つのは早いもので、気づけば書き始めてもう3年も経っていました。いつも作者の遅筆にお付き合い下さり、ありがとうございます。遅くなろうとも、このお話は必ず完結させるつもりですので、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。
「…と、いうわけなんですよ。トニックさん」
「なる、ほ、ど…?」
時は昼過ぎ、場所はジンジュレップ店内。
ワタシは例の件について相談する為、いつものようにジンジュレップの裏口からお邪魔したところ、丁度トニックさんがお昼休憩を終えて午後からの開店準備を始めるところだったので、トニックさんの手伝いをしつつ、そのまま相談を聞いてもらう事にしたのです。
あぁもちろん、内容が内容なのでトニックさんから許可を貰い、店全体を防音の闇魔法で覆わせていただきました。
これで外に相談内容が漏れる事もなく、安心して話しが出来るというものです。
「ですから、追跡の魔法を解く為に色々と準備を」
「ちょ、ちょっと待って下さいキミドリさん」
「はい?」
「その…ちょっと、情報を整理しますね…」
そう言ってトニックさんは軽く深呼吸をした後、額に手を当て、少し間を置いてから口を開きました。
「えぇと…つまり、キミドリさんはもうすぐ寿命を迎えると?」
「おそらく」
「それを理由に、最後の旅に出るつもりだと?」
「はい」
「その準備をしていた矢先、精神的に不安定な英雄様に目を付けられたと?」
「そうなります」
「目印として付けられた魔法を解く為に、魔法や魔術を問わず既に色々試したと?」
「試しました」
「しかし妖精のペタルさんと協力しても解決しなかったと?」
「その通りです」
「そこで、僕らに相談しに来たと?」
「はい」
「なる、ほど…」
因みに今回相談するにあたり、伝えられる情報は全てトニックさんに伝えました。
少しでも情報が多い方が、打開策を思いつきやすいと思ったのです。
伝えなかった事といえば、“英雄アーサー”の本名や、現在アウロラに滞在しているであろう事、それから容姿に関する情報と、英雄を辞めたがっていると思われる事、くらいでしたかねぇ。
後は出来るだけ全ての情報を話しました。
ワタシに関する事も全て、です。
「トニックさん?」
「あ…はい」
「少しボンヤリしてらっしゃるようですが、大丈夫ですか?もしや体調あまりよろしく無いのでは?先程も商品の箱を床に落としていましたし…」
「いや、あの…キミドリさん」
「はい」
「相談に乗るつもりで話を聞いて、もうすぐ寿命を迎えます、なんて言われたら、誰でも冗談か聞き間違いかと思うんじゃないですかね」
「そうかもしれませんね。あ、だから一度聞き返したのですね」
「それが本当だと分かったら、動揺もすると思うんですよ。僕は」
「確かに、そうなるかもしれませんね」
「箱を手から滑り落とすくらいしますよ。少なくとも僕は」
「それは…すいません」
「それに、英雄様が関わっているなんて聞いたら誰でも…いえ、それは後でいいですね」
トニックさんは英雄に関わる話よりも、ワタシの生死に関わる話の方が引っかかるようでした。
ふぅ、とため息を一つ吐いて、トニックさんは続けます。
「キミドリさん」
「はい」
「前々から思っていましたが、貴方は少し、自分の事を過小評価し過ぎているようです」
「そう、ですかね?」
「そうですよ。貴方は僕達を含めた沢山の人の命の恩人なんです。貴方が居なくなると、寂しいとか、悲しいと思う人だって沢山いるんですよ」
「…」
「貴方は、貴方が思うほど軽い存在じゃないですよ。少なくとも、僕らにとっては」
「…肝に銘じておきます」
…軽い調子で話したのは、失敗でしたねぇ。
トニックさんの時間をあまり取らないようにと思ったのですが、軽率だったかもしれません。
「分かってくだされば結構ですよ。さて、キミドリさん。追跡魔法を解く為の素材選びを手伝ってほしい、との事でしたね」
「あ、はい」
「話を聞く限り、追跡魔法から伸びている魔力の糸を切ってしまうのが良さそうです。後でフィズちゃんと一緒に詳しく話を聞きますので、閉店時間まで待っていてもらえますか?」
「もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
「では、そろそろ開店時間なので、また後で」
「はい。では、また」
そう言ってワタシは防音魔法を解き、店の裏口から外に出て、町の中を歩き始めました。
ワタシにとって人間の町とは情報の宝庫のような場所ですから、歩いている内に、解決する為の何か良い方法を思いつくかもしれないと思ったのです。
事のついでに、今晩の夕食に使えそうな食材を見繕う為、ワタシは食品が多く売られている道へと足を向けました。




