第百四十話「執着」
「キミドリさん。今日は本当にありがとうございました」
「いえ。それではアルトさん、お元気で」
太陽が頂点を過ぎ、僅かに西へ傾いた頃。
ワタシはアルトさんを見送る為、玄関の外に出ていました。
アルトさんは、洞窟を出た後アウロラに向かうそうで、少しの間アウロラに滞在するつもりのようです。
「はい。キミドリさんもお元気で。また来ますね」
「あ…すいません、アルトさん」
「?なんですか?」
彼はまた、ワタシに会うつもりがある。
しかし、彼が次にワタシに会いに来た時、ワタシはもうここにいないかもしれない。
そう思ったワタシは、何げなく、彼にその事を伝える事にしました。
「申し訳ないないのですが、もしかしたら、もうお会い出来ないかもしれません」
「…どうして?」
「これはまだ、他の誰にも言っていない事なのですが…ワタシは近い内に、ここを出ようと思っているのです」
「へぇ。では次は何処へ?アウロラ?」
「いえ、ここでもアウロラでもない、別のどこかです」
「つまり、旅に出るって事?」
「えぇ。そうなります」
「そっか」
「はい。ですから…」
ポン、と。
彼はワタシの肩に手を置きました。
と、同時に。
ゾワッ
「っ…?!」
鳥肌。
嫌な予感がして彼の手をはたき落とそうとするも、時すでに遅し。
ジワリと、彼の手から魔力が溢れ出したかと思えば、今度はワタシの体に纏わりつくような感触。
「何をっ…?!」
「大丈夫だよ。大丈夫。これでまた会えるね」
詠唱の完全破棄による無詠唱魔法。
魔法の効果はおそらく、“追跡”。
どれほど遠く離れていても、魔力で作られた糸を伝い魔力を供給し続ける限り、相手の居場所を特定し、追う事が出来る魔法です。
そう。
ワタシは彼に、魔法をかけられてしまったのです。
「アルトさん。魔法を解いて下さい」
「なんで?」
「なんで、って」
「ボク思うんだ。君ならきっと呪いを解いてくれるって。だからまた会わないとね。だったら、何処にいるかわからないと、でしょ?」
「だからといって無断で魔法をかけるなど」
「大丈夫。大丈夫だから、ね?」
「…っ」
ワタシの話を聞いていない。
いえ、それどころか。
「呪いを調べてくれるなら、君の望みをなんでも叶えるよ。なんでもしてあげるし、何処にだって連れて行ってあげる。そうだ。どうせなら一緒に旅をしよう。呪いの事を調べるのにボクの事も知ってもらった方がいいものね?楽しみだなぁ」
ワタシの事を、見ていない。
ワタシの都合がまるで考えられていない。
自身の都合で、ワタシを囲い込もうとしている。
“呪いを解く鍵になりえる存在”として、手元に置こうとしている。
「アルトさん!ワタシはっ…!」
「それじゃあ準備が出来たら教えてね?この場所も覚えたし、迎えに来るからね?またね」
「あっ…!」
ワタシの言葉を遮り、自身の言いたい事を言うだけ言った彼は、彼から滲み出た膨大な魔力と共に、忽然とワタシの目の前から消えました。
“目印”に似た魔法の気配のみを残して。
「…転移、魔法」
本の記述でしか見た事がない、超高等魔法。
本来ならば、複数人の高位の魔法使いが、時間をかけ、入念な準備をして、ようやく発動できる魔法です。
それを彼は、たった一人で易々と発動してみせました。
「…なるほど」
これが英雄の力。
英雄として崇められる、彼の力。
「実際目の前にすると、とんでもないですねぇ…しかし…」
たった数時間。
たったそれだけの時間、ワタシと言葉を交わしただけ。
なのに彼はワタシに希望を見出し、執着心を持ってしまったようでした。
呪いを調べたと言っても、ワタシに出来た事なんてほとんど無く、成果といえば、妖精の鱗粉が効くかもしれないという事のみ。
魔法や魔術に関する、大きな研究機関のマトモな研究者なら、比較的早く辿り着きそうな事だけ。
ワタシは魔術師を名乗ってはいますが、あくまでも“自称”なのです。
そういった研究者の方々には、技術も知識も及ばないと心得ております。
彼ならば、そんな研究者の方々に会う事だって出来たでしょう。
なのに、ワタシを頼った。
…彼は、こんな怪しい格好をした、出会ったばかりのワタシに希望を見出さなければならない程に、追い詰められていたという事でなのしょうか。
彼は今まで、どんな人間達に会ってきたのでしょうか。
彼は今まで、どんな人生を送ってきたのでしょうか。
彼は今まで、何を思って生きてきたのでしょうか。
ワタシには、知るよしもありません。
ただ一つ、わかる事があるとすれば。
「…困りましたね」
ワタシは彼に、英雄に、目をつけられてしまったという事です。
来週はおやすみ。




