第百三十三話「アウロラの春祭り」
アウロラの町を歩く大勢の、人、人、人。
普段はあまり見かけない、店、商品、催し物。
町から溢れんばかりの音と気配。
そして、話し声と笑い声。
「ほぉ…!」
ワタシの知らぬ沢山の情報と、刺激される知的好奇心。
アレも知らない。
コレも知らない。
ソレも知らない分からない。
ワタシの知っている祭りとは少し様相が違いましたが、目にも楽しいその賑やかな光景は、まさに祭りそのもの。
フィズさん、ベルさんと共に、町の大通りを歩き始めていたワタシは、“アウロラの春祭り”というその情報量の多さに圧倒されていました。
「素晴らしいですね…!」
「もしかしてキミドリさん、私達のお店に来るまでには、出店とかはあんまり見かけなかったんですか?」
「えぇ。裏道を通ってきたものですから、表通りの賑わいはあまり目にしていないのです」
「あーっ!あいしゅ!まーま!あいしゅ!たべたい!」
「はいはい暴れないのベル。せっかくキミドリさんに抱っこして貰ってるのに、落っこちちゃうわよ?」
「やー!あいしゅー!」
ワタシのフードを思いっきり掴み、手を伸ばしてアイスキャンディー屋を指差すベルさん。
「あ、こら、ベル!フード掴まないの!ダーメ!」
「あいしゅー!」
「ははは。大丈夫ですよ。問題ありません」
しかし、ベルさんにフードを掴まれるのはとっくの昔に想定済み。
ワタシは自身のローブに、“何があっても絶対捲れない魔術”をあらかじめ仕込んでおりましたので、ワタシが自分で捲らない限り、ワタシの顔が現わになる事はありません。
「すいません店員さん、アイスキャンディーを一つお願いします」
「あいよー!」
「ごめんなさいキミドリさんアイスまで…ダメな事はダメって言ってもいいんですよ?」
「いえいえ。ワタシも楽しんでいるので、本当に問題無いのですよ。それにしても…」
と言って、ワタシは周囲を見渡しました。
ワタシの目に映るのは、多くの人々。
いつも見ているような服装、いつも見ているような人々。
そこに紛れる見慣れる服装、見慣れぬ人間。
そして、人間“以外”の人々。
「多くの人間が出入りすると聞いて、勘の鋭い方に見つかって、ワタシの正体に気づかれる事を危惧しておりましたが…なるほど」
エルフにドワーフ、獣人に竜人。
その他名も知らぬ種族の方々。
人間に比べ、圧倒的に数は少ないものの、明らかに人間とは違う容姿や気配を纏った者が、祭りのそこかしこを歩いておりました。
「町のあちこちで色んな方の気配がしますね。これならワタシの種族がバレる心配も無さそうです」
「でしょ?ほら、前にキミドリさんが気配がどうとかって話、してくれたじゃないですか?だから、アウロラの春祭りだったら色んな種族の人が来るし、多分誘っても大丈夫なんじゃいかなって思ったんですよね!」
「えぇ。これならワタシも安心してお祭りを楽しめそうです」
「それなら良かった!…まぁでも、そもそも普段からあそこの冒険者の人にバレてない時点で、あんまり心配する必要ないと思いますよ?」
「そうですかね?」
「あいしゅ、おいしー!」
「そうですか。美味しいなら良かった」
「ほらベル?キミドリさんに何て言うの?」
「ありあとー!」
「ふふっ。どういたしまして」
『キミドリ、キミドリ』ヒソヒソッ
「ん?」
姿を完全に消しつつ、ワタシにヒソヒソと話しかけてくるペタル。
何かと思い耳を傾けてみれば。
『アーシもアイス食べたい』ヒソヒソッ
ただアイスキャンディーが食べたいだけでした。
「…あーすいません店員さん。そっちの小さいアイスキャンディーも一ついただけますか?」
「あいよー!」
先程も言いました通り、お祭りにはエルフの方もいらっしゃいましたし、何度か言っております通り、妖精は姿を見られたり暴かれたりするのを嫌がりますからねぇ。
ワタシにも姿が見えないようにしているようでした。
ヒソヒソ声で話していたのも、おそらく“耳の良い”種族の方もいらっしゃったからなのでしょう。
時々ワタシのフードの中に身を潜める気配があったのは、きっとそういった種族の方々から隠れていたのだと思います。
それでお祭りを楽しめなかったーだとか言って、不貞腐れていないかとも思いましたが、どうやらその状態でも十分にお祭りを楽しめたそうなので、ワタシが気にかける必要はなかったようです。
「ふっふーん♪ふっふっふーん♪」
「肩車までしてもらっちゃってすいません。ありがとうございますキミドリさん」
「これくらい、お安いご用意ですよ」
さて、いくつかのお店で商品を買いつつ、お祭りをあちらこちらと見て周り、楽しみ、太陽が傾き始めてきた頃。
そろそろジンジュレップに引き返そうかと考え始めていた所。
「あー!ふうせーん!」
「おや」
いつの間やらワタシ達は、催し物の多い通りに足を踏み入れておりました。
お待たせしました。




