第百二十九話「過ぎたる日々」
こうしてワタシは、キラキラと輝くリバーシブル・ビーの蜂蜜を手に入れて、一人洞窟へと戻る事になりました。
ギルベルトさん達とは、現地で別れた形になりますね。
アウロラの町に帰るのであれば、ワタシの住処の洞窟に寄るよりも、そのまま町に帰った方が早かったのです。
ラナンさんも一応は納得していましたが、まぁ、はい、本当に、かなりガッカリしていたようで、ズルズルと、ギルベルトさんに引きづられるようにして帰っていきました。
多分あの後は、ギルベルトさんに担がれたんじゃないですかねぇ。
あんなに元気の無いラナンさんは初めて見ましたし、よっぽどパウンドケーキを楽しみにしてくれていたのでしょうねぇ。
少し可哀想になったので、後日ラナンさんが訪れた際には、パウンドケーキの他に、コンポートもオマケしておきました。
ラナンさんは、それはそれは美味しそうに食べていらしたので、とても喜んでいただけたようです。
ワタシも思わず、嬉しくなってしまいました。
なんと言っても、その時に作った蜂蜜と果実たっぷりのスペシャルパウンドケーキは、ワタシもけっこう自信がありましたからね。
蜂蜜の質がとても良かったので、我ながら美味しく出来たと思っていたんです。
蜂蜜を手に入れた時に少し舐めてみたのですが、いやぁ、それがもう絶品で。
とても甘いのに諄くなく、口いっぱいに花の香りが広がって、後味も素晴らしいものでした。
あんなにもお菓子を作るのが楽しみになったのは、初めてかもしれません。
あぁ、そうそう!
実はこの時一緒に作ったコンポートなんですが、材料に使った果実は、なんと、ペタルが妖精界からわざわざ採ってきてくださった物だったんですよね。
それも、ラナンさんのお祝いの為に、です。
まさかあのペタルが、ラナンさんにお祝いの品を持ってくるなんて思ってもいませんでしたから、驚きましたねぇ。
ペタル本人はなんて事ないような態度をとってはいましたが、洞窟でラナンさんと関わる事もそれなりにありましたから、少し、情が湧いたのかもしれません。
因みに、そのペタルが妖精界から採ってきて下さった果実なのですが、こちらの世界では殆ど流通していないようで、かなり、珍しい果実だったみたいなんですよねぇ。
ワタシは礼拝堂に居た頃に時々食べていたので、人間達の間で高級食材として扱われている、なんて事は、トニックさんに教えてもらうまで知りませんでした。
いやぁ、お土産に持って行ったドライフルーツの材料をトニックさんに聞かれて、頭を抱えられるとは思いませんでしたねぇ。
まぁ、アレも良い思い出です。
思い返せば、人間と関わるようになってから、本当に色んな事がありましたねぇ。
あの日、森の中で初めて人間を見つけた事から始まり、人間に興味を持ち、ツキノ村を訪れ、滞在し、また旅に出て、本を見つけ、文字を知り、トニックさん達に出会い、文字を教わり、魔術を知り、トニックさん達と別れ、洞窟に住みつき、本を読み、学び、人間に噂され、魔樹を倒し、一匹の妖精と出会い、洞窟を後にし、秘密の場所に誘われ、礼拝堂で沢山の妖精さん達と出会い、長く滞在し、名を与え、名を貰い、色々あり、また旅に出て、シェブナの森でギルベルトさんを拾い…
まぁ、なんだかんだで今に至る、と。
出来るだけザックリと記憶を辿ったわけですが、いやぁ長いですねぇ。
細かく色々思い出していると、キリがありません。
礼拝堂の事もそうですが、ギルベルトさんをアウロラの町に送り届けてからの数日なんかもう長い長い…それだけ刺激が多かったという事なのでしょう。
最近だったら何があったか…えー…最近…最近?…んー…ん?…そういえば、そもそもワタシ、今、何を…
あ、失礼。
今、順番に思い出していきますからね。
えー確か、ラナンさんにパウンドケーキを作ったのが、前の秋頃でしたから…冬…は、特に大きな出来事も無く…えー…最近…最近…あ。
あーそう!あれがありましたね!
アウロラの春祭り!
あれはそう、春の始まりの事でした!




