第百二十七話「連れて行かれるラナンさん」
働き蜂の相手をし、女王蜂に背を向けてしまった、そのほんの一瞬を狙われました。
いえ、もしかすると、女王蜂は初めからラナンさんを狙っていて、虎視眈々とその時を待っていたのかもしれません。
そうでなければ、あの瞬間、ファルケさんとチャロアさんの視界を塞ぐように、働き蜂達が群がっていった理由がつきません。
ワタシ達は、そうなるように仕向けられていたのです。
「い゛っ？！あっ、しまった！！！」
女王蜂に背中から掴まれ、上空へと持ち上げられるラナンさん。
働き蜂に群がれ、もぎ取られ、地面に落とされる槍。
「くっ！ファルケッ！」
「ダメだ！あいつ、ラナンちゃんを盾にしてるっ！」
「チャロアッ！」
「追いかけるのね？準備、出来てるわ〜」
「よし！ファルケはラナンを追ってくれ！オレはこいつらを引き受ける！チャロアはオレの援護を頼む！」
「了解！」
「りょうか〜い」
返事をしながら、一本の矢をファルケさんに渡すチャロアさん。
チャロアさんから矢を受け取り、ファルケさんは躊躇なく、ラナンさんに矢を放つ。
当然、ラナンさんを盾にする女王蜂。
ラナンさんに当たる矢。
直後、バフンッと音を立て爆発する矢と、煙に包まれるラナンさんと女王蜂。
「…ゲホッ！ゴホッ！ゲホッ！」
上空から聞こえる、ラナンさんが咳き込む音。
どうやら矢と爆発に殺傷能力は無いらしく、無事なようでした。
「やると思った。上手く当たってくれたよ！」
「マーキング、完了ね〜」
「よし！キミドリさんもラナンを追ってくれ！ファルケの手助けを頼む！」
「承知しました」
ギルベルトさんの指示に従い、急ぎ目の前の働き蜂を切り刻み、ファルケさんの所へ行く。
「行きましょうか」
「そうだね。行こう。ちょうど女王蜂も動き出した所だ」
上空を見て、そう言うファルケさん。
直前まで、ラナンさんは女王蜂に掴まれたまま暴れていたので、女王蜂は移動するまでに少し時間がかかっていたようでした。
「ラナンちゃん、女王蜂に刺されたみたいだね。痺れて動けなくなってきてるみたいだ」
「それは…マズイですね」
「まぁね。でも多分、人質のつもりだろうからあれ以上は何もしないと思うよ…今は、ね」
「…なるほど」
ラナンさんを攫ったのは、人質としてだけでは無い、と。
肉を喰らう魔物が追跡者を撒いた後、移住した先で人質をどうするかなど、想像に難くありませんでした。
「まぁ、ラナンちゃんはそこでやられるような子じゃないけどね。あの子、土壇場に強いから…ん？」
「？」
走りながら上空を見つめ、目を細めるファルケさん。
何かと思い、ワタシも改めてラナンさんのいる上空へ目を向けました。
見れば、鈍く身じろぎをしながら、ラナンさんは服の内側から何かを取り出し、女王蜂に向けている。
よくよく目を凝らせば、服の内側から取り出したそれは木札のような…
「…っ！！！いけませんっ！！！ラナ」
「“ラ”！！！」
カッ！！！ボガアアアアアアアアアアンッ！！！
「うわっ！？」
「ラナンさーーーーーんっ！！？」
閃光と共に、爆ぜる木札。響く爆音。渦巻く黒煙。煙に包まれるラナンさんと、巻き込まれる女王蜂。
そう。
ラナンさんが取り出したのは、彼女専用の魔術が描かれた木札。
それもおそらく、ワタシが目を通していないもの。
彼女としては切り札のつもりだったのかもしれませんが、描かれた魔法陣はまだまだ甘いところが多かったようで、結果は暴発。大失敗。
「うわああああああああああっ！！！」
髪の毛がチリチリに焦げ、空から落ちてくるラナンさん。
一緒に落ちてくる焦げた女王蜂。
「ああああああああっえ゛ふぅっ！！！」
地面に落ちる前に跳躍し、ラナンさんを受け取めるワタシ。
「…あ！師匠！」
「全く…後でお説教ですからね」
「うぐっ…ごめんない」
「素直でよろしい。成功していたら、もっと大変な目に遭っていたかもしれないんですからね。よくよく反省して下さい」
「はーい…」
足場用の魔法陣を駆使しつつ、安全に地面へ降り立つワタシ。
それを見て、胸を撫で下ろす仕草をして、駆け寄ってくるファルケさん。
地面には、まだ辛うじて息のある女王蜂が転がっていました。
至近距離で、あの爆発をモロに食らったのです。
術者本人であり、魔法防御力の高いエルフであるラナンさんだからこそ、少し焦げた程度で済んでいたわけですから、それ以外の者があの爆発に巻き込まれれば、ひとたまりもありません。
地面に転がる女王蜂を見て、ラナンさんが口を開きました。
「…やっぱり、なかなか上手くいかないな」
「これから上達していけば良いのです。まだまだこれからなのですから、また、練習しましょうね」
「…うん！あたし、頑張るよ！」
「ラナンちゃん！キミドリさん！」
この後、ワタシは魔術でラナンさんの応急手当てをし、ワタシ達は急いでギルベルトさんとチャロアさんのいる巣へと戻りました。
もちろん、女王蜂にキッチリとトドメを刺した後に。
