第百十五話「もう一度」
“もう一度”。
…もう一度、ね。
まさか、あのもう一度という約束がキッカケで、洞窟に長く滞在する事になるとは、この時は思っていませんでしたねぇ。
あ、はい、そうです。
ワタシが以前言っていた、洞窟に滞在している諸事情とは、ベルさんとしてしまった、もう一度遊びに行くという約束の事を言っていました。
その約束をしたのも、前回で何度目でしたかねぇ。
えぇ、そうなんですよ。
ベルさんと会う度に、毎回同じ約束をしてしまっていましてね。
結果、長い期間あの洞窟に滞在してしまっているのです。
…もっと大きな理由があると思っていましたか?
もしかすると、拍子抜けしてしまったかもしれませんねぇ。
当初のワタシにとっても、本当に何気無い、なんて事無い約束のつもりだったのです。
ですが、いえ、だからこそ、もう一度だけ、また次でも良いだろうと、ズルズル、ズルズルと、別れを先延ばしにして、何度も同じ約束をしてしまったのでしょうねぇ。
気がつけば季節が一巡するよりも長い間、あの洞窟で過ごしていたのですから、惰性とは恐ろしいものです。
…いえ、惰性とは違いますね。
ワタシはきっと、まだベルさん達と離れたくなかったのでしょうね。
こんな単純な気持ちにも気づかなかったとは…ワタシはもっと、自分の思っている事に敏感になった方が良いのかもしれません。
さて、話を戻しましょうか。
“明時の空”のメンバーと共にアウロラの町を出たワタシは、彼らと事前に話し合っていたとおり、少し大回りをして洞窟に向かっていました。
というのも、ワタシが瀕死のギルベルトさんを発見した場所以外にも、調べておきたい場所があったそうなのですが、その内のいくつかの場所が、洞窟に向かうまでの途中に点在していたようなのです。
ですから、洞窟に向かうついでにその場所に寄ってしまおう、という事になりました。
当初の彼らの予定では、ワタシを洞窟に送り届けた後に、調査をしながら遠回りにアウロラへ帰るつもりだったそうですが、ワタシが彼ら冒険者の調査方法に興味を持ってしまいまして、見学させて欲しいとお願いしたのです。
いやぁ、彼らが快諾してくださったおかげで、とても充実した旅路となりました。
近くでしっかりと観察出来た上、質問まで出来るなんて、素晴らしい時間でしたねぇ。
そんなこんなで、彼らと行動を共にしてから数日後。
ワタシ達は、洞窟の近くまでやって来ていました。
「…ふむ。もう少しですね」
「そうだな」
「あーあ!もう終わりかー!もっとキミドリと旅したかったなー。魔術ももっと見たかったしー」
「散々見せてもらっていただろう」
「でももっと見たかったなー!なーキミドリー。やっぱりアタシらのパーティに入ってくれよー?冒険者になってさー?」
「お断りしますね」
「なーんでだよー?」
「こらこらラナンちゃん。キミドリさん困っちゃうだろ?キミドリさんにも事情ってものがあるんだからさ」
「ちぇー」
「うふふ。でも、ラナンちゃんの気持ちも、ちょっと分かるわぁ。キミドリさん、お料理が上手だし、魔術のおかげで、色々と便利だったし、魔法のお話も出来て、楽しかったものねぇ」
「荷物にも魔術がかかってたから思ったより軽かったし、結構快適だったよね。森の調査の面でも、キミドリさんの意見も聞けたし、本当、良い旅だったよ」
「そう言ってもらえると有り難いです…ん?」
会話を楽しむワタシの耳に聞こえた、ワタシ達のものとは違う微かな話し声。
方向はおそらく、洞窟の方。
「どうした?」
「いえ…洞窟の方から話し声が聞こえた気がして…」
「え?マジで?何にも聞こえなかったけどなー?」
魔物の聴力は、人間よりも良い。
「あー…ローブに刻んだ魔術のおかげです」
「なるほどー!」
「あの洞窟は、アウロラでは有名だからな。誰かが拠点として使っていてもおかしくはない」
「…有名なのですか?」
「…“シェブナの森の幽霊の住処”…そういう噂が立っていてな」
「あぁ…」
そんな話をしながら、洞窟へと向かっていく。
徐々にはっきりと聞こえてくる話し声と、何やら別の音。
やはり誰かいる。
なんとか荷物だけでも置かせてもらえないかと考えながら、洞窟の前へ出る。
そこでワタシが見たのは、
「?!」
変わり果てた洞窟の姿でした。




