第十話「嵐」
あれはツキノ村に来て、二度目の雨期でした。
朝は雲一つない晴天だったというのに、昼を過ぎたあたりからとんでもない大嵐になった日の事です。
「ゴ…ゴンギヂ…ガ?…ゴバン…ア」
ワタシは嵐で音が遮断されるのを良い事に、言葉を発声する練習をしていました。
練習を始めてどのくらい経った頃でしょうか。
外から微かに、人の声が聞こえてきたのです。
雨や風のせいで村からの音など聞こえてくる筈もない。
つまり、ボロ小屋の近くに人が来ていると言う事。
ワタシは焦りました。
普段ならこのような天候の中、人が出歩くわけが無い。
そう思い込み、思いっきり声を出して練習していたものですから、大いに焦りました。
こちらの声は聞こえてはいないか。聞き間違いじゃないのか。どのくらい近くまで来ているのか。そもそも何故こんな天気で人が外にいるのか。まさかワタシに気づいて…
冷や汗をかきながらも、外の様子を確認するべく、壁の隙間を覗き込みます。
目視出来る距離には来ていなかったらしく、姿を確認する事は出来ませんでした。
ならばと今度はボロ小屋の出入り口に近づき、耳を澄ませます。
すると、今度は聞こえてきました。
「かいとー‼︎どこだー‼︎@a○しろー‼︎」
「くそっ‼︎ #♪÷〒どこいった‼︎」
それは確かに人の声でした。
よくよく聞いてみると、どうやら彼らは朝の内に遊びに出掛けた子供達を探して、ここまで来ていたようです。
ワタシを退治しに来たのでは無い、そう思い安堵すると同時に、胸の奥がザワりとしました。
奇妙な感覚に首を傾げつつ、そのまま耳を傾けていると、人の声が徐々にこちらへと近づいてくるのが分かりました。
おそらく、ワタシのいたボロ小屋の中も探すつもりだったのでしょう。
ワタシは自身にいつもの魔法をかけ、気付かれぬように、山の裏手へと走りました。
ワタシがいたボロ小屋のあった小さな山は、裏手に小さな洞窟があるのを知っていたので、一旦そこで身を潜る事にしたのです。
山の裏手へと向かい走る中、先程の奇妙な感覚が、胸の中で大きくなっていきました。
村の子供達がこの嵐の中、どこかで取り残されている。
そう思うと、なんとも言えない不安感と焦燥感が湧きあがってくるのです。
今のワタシになら分かります。
ワタシは、子供達を心配していたのですね。
ボロ小屋の中で魔法を使ってやり過ごさず、わざわざ危険な嵐の中を走り洞窟へと向かったのは、何かしらの理由を付けて、探しに行きたかったのかもしれません。
もちろん当時のワタシには、そんなつもりは全くありませんでしたが。
無意識に耳を澄ませつつ、目を凝らし、少し蛇行しながら山を走る。
しかし子供達は見つからず、不安だけが募っていく。
とうとう手掛かりさえ手に入らぬまま、洞窟へと辿り着いてしまいました。
気持ちの落ち付かぬまま、洞窟へと近づきました…が、
中から二つの気配が。
「…さむいなぁ…クシュンッ!」
「グスン…ヒック…うぅ」
子供達でした。
彼らは、姉のカザミと弟のライ。
双子の姉弟です。
雨に濡れ少しだけ弱っているようでしたが、目立った怪我も無く元気そうでした。
少し時間はかかるかもしれないが、この場所ならいずれ村の大人達が見つけてくれる。
そう思い、束の間の安堵の後、ワタシは気付きます。
「ヒック…かいと…だいじょうぶかな…」
「*〆&_もう…むらについてる→°=かな…」
「…⁈」
いない。
三人目がいない。
「どこかでけが…してないよね…?」
「だいじょうぶだよ…たぶん…」
いつも彼らと遊んでいる、リーダー格の子が、いない。
ワタシの胸に再び、ザワリとした感覚が広がりました。
雨はなおも強く降りしきり、風はますます音を立てる。
遠くの方では雷鳴が聞こえ、ワタシの耳にこだまする。
ワタシの感じた、嫌な予感を嘲笑うように。




