第百五話「帰宿」
『あ、おかえりー』
トニックさん達と別れた少し後。
ワタシは寄り道もせず、真っ直ぐに宿屋へと帰ってきました。
「ペタル、帰ってきていたのですね」
『ちょっと前にねん。さっきまではずっとお散歩してたわ』
「そうですか」
何処から採ってきたのか、小さな果実を齧りながらペタルはそう答え、何故かワタシの背後を確認するように、扉へと近づいて行きました。
「…どうかしましたか?」
『んー…ちょっとねん。あの子、着いてきてないかしらと思って』
「あの子、というと?」
『ほら、朝のエルフの子よ。あの子騒がしいんだもの』
「あぁ…」
ペタルは賑やかなのは好きなようでしたが、どうやら耳に触るような騒々しさは苦手なようで、ラナンさんの事も既に少し苦手になっている様子でした。
『それにエルフって、アーシら妖精が姿を消してても、見破ってきちゃう事あんのよね。朝だって、本当はアンタにしか見えないようにしてたのよん?』
「あぁ、なるほど。完全に姿を隠してしまったのは、そういう理由だったんですねぇ」
『見つかって話しかけられたら、たまったもんじゃないもの』
エルフの一族は魔力の扱いに長けている為か、魔力を感じる力にも秀でており、魔力で隠されている物事を五感や直感で見つけ出すのが得意なようです。
もちろん、高度な隠蔽魔法ともなれば、エルフといえども簡単には見つけ出せないそうですけどね。
…まぁつまり、ワタシが魔物であると見破られていた可能性があったわけですねぇ。
何重にも隠蔽魔法や魔術を自身にかけておいて良かったと、今になって思います。
『で、さ』
ワタシに向き直り、改めて話しかけてくるペタル。
『アンタ、なんか良い事あったでしょ?』
ニマニマとした顔をして、ペタルはそう言いました。
「…なんで分かったんですか?」
『アンタ意外と分かりやすいのよねん。疲れてそうだけど声は軽いし、なんか機嫌良さそうだし、大体アーシら名付け合った仲なのよ?ちょっとくらいなら、感情だって伝わってくるわ♪』
「なるほど…あ、そう言えばペタル、妖精の契約について詳しく」
『あー!そう言えばアンタ、なんか新しいローブ着てるでしょ?アーシ、お説教よりそっちの話の方が聞きたいかもー!』
「誤魔化すにしても、もう少し上手く誤魔化そうとしてくれませんかねぇ。それにお説教ではありませんよ」
『どっちにしてもヤーよ。面白くなさそうなんだもん。それより、そのローブの話の方が聞きたいわん♪今日あった良い事と関係有るんでしょ?』
「まぁ、そうですね」
『だったら、ほら!聞かせなさいよぉ。あの後何処に行って、アンタに何があったのかさ♪』
「…まぁ、良いでしょう」
『ヤッタ♪』
話を逸らす為なのか、はたまた退屈したくなかっただけなのか、ワタシがペタルに聞こうとした話は一旦置いておき、その日一日、何があったのかをペタルに話しました。
エルフの少女、ラナンさんとの会話について。
半強制的に、冒険者ギルドへ来訪させられてしまった時の事。
ギルベルトさんに連れ出してもらい、町を散策した話。
そして、懐かしき友人との再会。
ペタルに話し、その日一日を振り返り、ワタシは思いました。
あぁ、なんと長い一日だったのだろうと。
ペタルに話し終えたワタシは、それまで忘れていた疲れを思い出し、眠気に襲われ、早々に眠ってしまいました。
ワタシの長い長い一日は、こうして終わりを迎えたのです。




