第百四話「裏口から」
「ではキミドリさん、お元気で」
「ローブは出来るだけ早く仕上げておきますね!」
「あーう?」
ブルルルッ
場所はお店の裏口。空は既に茜色。
トニックさん達とお喋りをしている内に、いつの間やら時間がどんどん過ぎ、気がつけばワタシが思っていたよりも随分と長居してしまっていたようでした。
「ほらベル。キミドリさんにバイバーイってしてね」
「あーい♪バッバーイ♪」
「ふふふっ。はいベルさん、さようなら。バイバイ」
「バーッ♪」
袖越しにベルさんの頭を撫でてから軽く手を振ると、ベルさんはニコニコとして嬉しそうに返事をしてくれました。
流石お店の看板娘と言いますか、お見送りをするのは慣れていたようで、愚図るような事も無く、笑顔で手を振ってくれたんですよねぇ。
ベルさんのおかげで常連さんが増えたと、トニックさんは冗談混じりに言ってはいましたが、あながち間違いでは無いかもしれません。
ヒヒンッ!ブルルルッ!
「あぁジンさん。先程は挨拶が遅くなってしまってすいませんでした。次に来た時には」
ガプッ
「あ」
ワタシに近づき、言葉を遮ってフードごとワタシの頭を噛むジンさん。
「あっ!こらジン!駄目じゃないか噛んだら!ほら、離してって!離し…あぁもう、ジンってば!」
アムアムアムアムアムアムッ
「はははっ」
いやぁ、ジンさんの事は、もちろん覚えてはいたんですけどねぇ…
決して忘れていたわけでは無かったのですが、トニックさん達とお喋りをしている内に、挨拶をするのがすっかり遅くなってしまいましてねぇ。
結局ジンさんに挨拶をしたのは、ワタシが帰る少し前になってからでした。
ジンさんは、ワタシがお店に来ている事は既に分かっていたようで、自分がかなり後回しにされた事が、それなりに気に食わなかったらしかったんですよねぇ…まぁ、頭を噛まれても仕方がありません。
ですが、ジンさんはとても賢く紳士な馬ですから、頭を噛むにしても、ほんの少し痛い程度に加減してくれたみたいです。
なんにせよ、ジンさんも元気そう良かったと思いました。
「すいませんキミドリさん…」
「いえ、悪いのはワタシですから。ジンさん、次に来た時には何かお土産を持ってきますから、それで勘弁してもらえませんか?」
…ヒヒンッ
ジンさんはワタシの頭から口を離した後、「良いだろう」とでも言いたげに一声嘶き、今度はワタシの頭に頬を寄せ、軽く頬擦りをしてからトニックさんの隣へと戻って行きました。
「許してもらえたみたいです」
「本当にウチのジンがすいません…」
ブルルルッ
「はははっ…さて」
ワタシはトニックさん達に向き直りました。
「ワタシはそろそろ、行きますね」
「そうですか。では改めまして、キミドリさん、どうかお元気で」
「私達、いつでも待ってますからね!」
「あーい♪バッバーイ♪」
ヒヒーンッ!ブルルルッ!
トニックさん達から一言づつ貰い、ワタシは別れの挨拶を口にしました。
「はい、お元気で。また来ます」
それだけ言って、ワタシは裏口から外に出ました。
ほんの少し名残惜しいとは思いましたが、もう寂しくはありませんでした。
また会うと、約束が出来ましたから。
また会うと、決めましたから。




