第百一話「お昼ご飯」
食卓に香る、食欲そそる良い香り。
机に並ぶのは、パン、サラダ、チーズ、フィズさん特製クリームシチュー。
パンは焼きたて、サラダはシャキシャキ、薄くスライスされたチーズは軽く炙られ、パンの上でトロリと溶ける。
フィズさん特製クリームシチューは、得意と言っていただけあり、舌触りが良く、濃厚でクリーミー。何杯でも食べたくなるような素晴らしい味でした。
ベルさんの前に置かれているのは、クリームシチューで作ったパン粥。
予め具を細かく刻んでおいたクリームシチューをミルクで薄く伸ばし、小さくちぎったパンを入れ、クタクタになるまで煮込んだベルさん用の離乳食。
ベルさんはそのパン粥がとてもお気に入りなようで、嬉しそうにスプーンでパン粥を掬い、辺りを汚しながら、美味しそうに口へと運んでいました。
「んーま♪まうあうあー♪」
ワタシの膝の上で。
「すいませんキミドリさん、服がベタベタに…」
申し訳無さそうな顔をするトニックさんでしたが、事前にそうなる事は教えていただいていました。
「いえいえ、承知の上ですから。このくらいの汚れでしたら、ほら、魔術を使えば」
と言いながら、清浄の魔術で汚れを取る。
「この通り。問題ありません」
「あー♪」
ベチャァ
言った側から、ローブにパン粥が落ちる。
「「あ」」
「んーま♪」
「…まぁ、また掛ければ済む話うぇふ」
「えーう」
グイグイ
掬ったつもりになっているパン粥を、ワタシの口があると思っているであろう部分に押し付けてくるベルさん。
えぇ、はい。
頬っぺたもベタベタになりました。
「あぁもう本当にすいませんキミドリさん」
「いえ、大丈夫ですから。お気になはまうに」
「えーう」
グイグイ
二回目。
「ほーら、ベル。キミドリさんは自分で食べられるから。ほら、こっちに来なさい」
と、ベルさんを抱っこしようと手を伸ばすフィズさん。
「やー!」
ギュウッ
離れないベルさん。
「やー!じゃないの」
「やー!」
「…小さい子のお世話は大変ですねぇ」
「はははっ…」
苦笑するトニックさんに、普段の苦労が伺えました。
「もう、ベル、全然離れてくれないわ…あ、そうだわ。キミドリさん」
「はい?」
「お昼ご飯が終わったら、そのローブ、しばらく私に預けて下さらない?」
ベルさんを引き離すのを再度諦めたフィズさんが、ワタシにそんな話を持ちかけてきました。
「?あぁ、シチューの汚れならお気になさらずに」
「んーまぁ、それもそうなんだけど…」
ワタシの方を向き、しっかりとこちらを見るフィズさん。
「…何でしょう?」
「キミドリさんのローブって、私達が贈って以来、ずっと着てますよね?」
「あぁ、はい。そうですねぇ…実質十年以上着てますからねぇ」
「ふふっ。もうキミドリさんたら。でも、それくらい着てくれてるって事ですよね?」
「本当にそれくらい着てるんですけどねぇ」
「あら、そうなんですか?」
「はい。しばらくそういう時間の流れの場所で過ごしていたので、本当にそれくらい着てるんですよ。このローブ」
「時間の流れが…?」
「へぇ、そんな場所があるんですねぇ…じゃなくて!そのローブ、だいぶ解れてきてたり、生地が薄くなってきてますよね?だから、私に手直しさせてくれませんか?」
フィズさんの言う通り、ワタシの着ていたローブは所々に解れが出来ており、生地が擦り切れ、色も落ち、見るからに着古していると分かる見た目になっていました。
裁縫の得意な妖精さん達に、時々直してもらってはいたのですが…あの頃は人間に見られる事も無いと思っていたので、最低限で済ませてしまっていたんですよねぇ。
それに、
「有り難い申し出ですが、ワタシはローブが無いと困りますからねぇ」
「あ、それなら大丈夫ですよ」
と、口を挟むトニックさん。
「実はこんな事もあろうかと、ローブを含めた装備一式は準備済みですよ!」
何故か用意してある、装備一式。
「なんで置いてあるんですか」
「まぁまぁ、良いじゃないですか細かい事は」
「ね?キミドリさん。どうかしら?」
「…もしかして“噂”の事。知ってました?」
「はははっ。さて、どうでしょう?」
そう言って、悪戯っぽくにこりと笑うにトニックさん。
「…ふふっ。では、お願いしましょうかね」
「じゃあ、決まりね!お昼ご飯が終わったら、後で私の作業部屋に来て下さいね!」
「承知しました」
「たー♪」
「それにしてもキミドリさん、本当にお話するの、上手になりましたよね!」
「あぁ、それは僕も思ってた。キミドリさんは僕らと別れた後、どうやって会話を練習してたんですか?」
「あぁ、それはですね…」
賑やかで和やかな、心地良い時間。
続いていく、他愛の無い会話。
なんて事無い、食事の風景。
会話を楽しみ、食事を楽しみ。
ワタシは存分に、昼食の時間を楽しみました。
来週はお休み。




