第九十九話「再会」
ワタシが彼女の名前を呼んだ瞬間、ほんの僅かに、風が吹いたような気がしました。
彼女の声がワタシに届いたように、ワタシの声も彼女に届いたようでした。
ワタシを凝視しながらこちらへと近づいてくるフィズさん。
一歩、二歩、三歩と近いてくるフィズさんを見て、フィズさんの方へとワタシも足を踏み出しました。
一歩、二歩、三歩…
彼女の前に、立つ。
「…フィズさん、ですよね?」
改めて、確かめるように、おずおずと話しかけるワタシ。
「ゴブ…あの時の旅人さん、よね?」
当たり前と言えば当たり前なのですが、そこは商店街、人混みの中。
ワタシを“ゴブリンさん”と呼ぶのはあまり好ましくないと思ったようで、フィズさんはワタシを“旅人さん”と呼びました。
少しだけ寂しさを感じましたが、立場上、そのように呼んでいただいた方が都合が良かったに違いは無いので、仕方がありません。
そんなフィズさんでしたが、ワタシがあの“ゴブリンさん”であるとほぼ確信を持って近づきながらも、まだ少し信じ切れていなかったようで、ワタシに何かしらの判断材料を求めているようでした。
「…オーバーサイズの、袖の余る茶色のローブ」
「!」
「大きさが変わるロングブーツと、ワタシの為に作って下さった口布…指先を破いてしまった手袋」
なのでワタシは、彼女達がワタシに贈ってくださった品と、その特徴を羅列しました。
彼女は少し驚いた表情をした後、今度は彼女の方が口を開きました。
「…光る石、冷たい石、温かい石」
「!」
沼地で見つけた、常に淡く光る石。
雪の中で見つけた、常にひやりと冷たい石。
砂漠で見つけた、常にほんのり温かい石。
それはワタシの旅の思い出。
それはワタシが彼女達に贈った、石の特徴でした。
「フィズさんっ!」
「!」
ワタシが改めて名前を呼ぶと、パッと明るい表情となるフィズさん。
互いに手を差し出して、しっかりと握り合う。
「フィズさん!お久しぶりです!」
「本当に、本当にゴブ…旅人さんなのね!元気そうで良かった!」
「フィズさんこそ!…その、あ、会いたかったです!」
「私も!」
「…ふふっ」
「…ふふふっ!」
あの時は、結構思い切って“会いたかった”と言ってみたつもりだったのですが、フィズさんはそれに対して即座に同意して下さって…嬉しかったですねぇ。
あまりにも即答だったもので、なんとく、気恥ずかしくなってしまってしまい、つい、笑ってしまいました。
フィズさんもそれに釣られたのか、ワタシと一緒になってクスクスと笑い始めてしまったので、なんだか楽しくて、話が進まなくなっちゃったんですよねぇ。
「…知り合いか?キミドリさん」
そんなワタシ達を見かねたのか、間に入り声をかけるギルベルトさん。
「えぇ、彼女とは旅の途中で知り合いましてね。ワタシの…大切な友人です」
「なるほど」
「…あれ?もしかして、チャロアさんのパーティのリーダーさんですか?」
フィズさんはギルベルトさんに見覚えがあったようで、ギルベルトさんにそう問いかけました。
「そうだが…あぁ、チャロアがよく通っている素材屋の奥さんか」
「はい!フィズと申します!ちゃんと挨拶をするのはこれが初めてでしたよね?」
「あぁ、そうだな。俺はギルベルト。チャロアがいつも世話になっている」
「こちらこそ!いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます!」
二人は、時々顔を合わせる程度には面識があったようで、名前を名乗った後、軽く挨拶をしていました。
「お二人もお知り合いだったのですね」
「あぁ。奥さんの店は、ウチのメンバーにいる魔法使いの行きつけでな」
「あぁ、なるほど。その時に顔合わせする事はあったと」
「そうだ」
「チャロアさんは、私達の店の常連さんなんですよ!」
「へぇ、なるほど」
「あ、そうだ!良かったら私達の店に来ませんか?トニックくんも喜んでくれるわ!」
「トニックさん」
フィズさんは良い事を思いついたというような調子で、そのような提案をして下さいました。
思い起こされる、トニックさんの顔。
「…会いたいですねぇ」
「良かったらお昼もご馳走しますよ!今日は私の得意料理なんですから!」
「フィズさんの得意料理ですか。それは食べてみたいですねぇ。因みにどんな料理なんですか?」
「それは来てのお楽しみ!どうかしら?来てくれますか?ね?キミドリさん?」
悪戯っぽく、ワタシを“キミドリさん”と呼ぶフィズさん。
「…ふふ、そうですねぇ。じゃあ、お邪魔しましょうかねぇ」
彼女に初めてそう呼ばれ、また嬉しくなって、笑いが込み上げてきてしまいました。
「じゃあ、決まりですね!」
「はい。よろしくお願いしますね。フィズさん」
「…うふふっ」
「ふふふっ」
笑ってしまって、また話が進まなくなるワタシ達。
「たーだいまーーっ‼︎いっぱい色んなの買ってきたぜー!…ん?誰?」
丁度そのタイミングで帰ってきたラナンさん。
笑い合うワタシとフィズさんを見て、ポカンとした顔でそう言うのでした。
なんだかんだで、書き始めて二年が経ちました。
気づけばもう百話も目前で、多くはありませんが読んでくださる読者様も居て、感慨深く、続けてみるものだなと思う今日この頃です。
物語はまだ続きますが、今しばらくお付き合い頂ければ、幸いです。




