第九話「言語学習」
生き物は眠り世界が白銀に染まる季節、冬。
村の人々は家の中へと引きこもり、無駄な外出を避け、寒さに耐え、暖かな春をじっと待ち望みます。
一方、ワタシはと言いますと、
いつもより快適な冬を過ごしておりました。
雪をしのぐ屋根があり、風を避ける壁があり、貯めておいた毛皮が温かい。
前やその前の冬に比べれば、なんと快適な事でしょう。ワタシにとっては、多少の雨漏りや隙間風は問題にはならなかったのです。
それに、人間の村で干し肉やドライフルーツの作り方を学んだので、秋の間に試作し、作り置きしたおかげで、食料の心配さえあまり無く、気楽なものでした。
人の作り出す物は、素晴らしいものばかりで、感心します。
そして何よりその冬には“楽しみ”がありました。
そう、人間の観察と言葉の学習です。
「@Y○*%か?えいゆ&③〒\:_/♪→」
「あぁN々◎N々◎$#=よなぁ」
雪に足跡がつかないよう、雪かきされた道や木や屋根の上を通り、人間の声に耳を傾けます。
何度も根気よく聴いている内に、語尾やいくつかの単語くらいは聞き取れるようになりました。
意味を理解出来ずとも、耳はだんだんと慣れていったので、前に進んでいるという感じがして、とても楽しかったです。
暇をせずに済むのは、本当にありがたい限りでした。
あぁそれに、何一つ理解出来なかったわけでもなくてですね。
この頃には村の名前くらいは、分かるようになったんですよ。
村の名前は“ツキノ”。
ワタシが、一番最初に覚えた固有名詞です。
収穫祭の時に、同じ言葉を何度も繰り返し叫んでいる人が何人かいたので、気になってしまいまして、一番最初に意味を探った言葉でした。
その流れで、「乾杯」も覚えましたねぇ。
あと「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」といった挨拶もですね。
言葉に触れてからというものの、“名前”や“挨拶”という概念も知り、この頃から徐々に、分かる単語が増えていったんですよねぇ。
いやぁ、懐かしい。
思えばその“ツキノ村”という名前こそ、ワタシが言葉を学習し始めた第一歩だったのですねぇ。
そういえば話は変わるのですが、人間は他の生き物と比べ、成長するのがとてもゆっくりなのですね。
その頃には、村にきてから一年近く経っていた筈なのですが、村の子供達は少し背が伸びた程度で、大人にはなっていないようでしたから。
結局ワタシが村を出るまでに成人した子は、一人も居なかったよう思います。
ゴブリンは一年もあれば充分に成熟しますから、少し驚きました。
一番小さかった赤子なんて、歩き始めたのがその冬の終わり頃でしたし、こんなにもゆっくり成長する生き物を見たのは初めてでした。
人間の成長過程には興味があったので、その赤子は良い観察対象になりました。
見ていてとても面白かったです。
それに、赤子に対して周りの大人達は、簡単な言葉で話しかけて教えていたようなので、ワタシには一石二鳥で、良い勉強になりました。
いやぁ本当に、あんなに穏やかで充実した冬を、いや、日々を過ごせるようになろうとは、それまでのワタシからは考えられませんでしたねぇ。
出来るなら、またツキノ村を訪れたかった。
もちろん、ずっと穏やかだったわけではありません。
ちょっとした騒ぎが起こった事もあります。