3)
数日後、執務室の扉が叩かれた。
「誰だ」
ロバートの誰何の声が飛ぶが、ノックの音で、既に誰かはわかっている。
「ローズです。あの、開けてください」
ローズがそういう前から、ロバートは立ち上がっている。
「ありがとうございます」
そう言って入ってきたローズは、籠を抱えていた。
「少し早いですが、休憩にしませんか」
ローズの、満面の笑みでの提案を断る必要もない。アレキサンダーは許可した。
ローズと一緒に来ていた侍女たちが手際よく茶を用意していく。
「見て、ロバート。秘密が出来たわ。厨房でね、調理師さんたちと一緒につくったの。毒味して」
ローズは、ロバートの執務机に、両腕で持っていた籠を置いた。
「以前、貴女が言っていた、秘密ですか」
籠の中には、焼き菓子が並んでいた。
「ね、ロバート、毒味して。そうしないと、みんなが食べられないわ」
「焼き菓子ですか」
ロバートが菓子の一つをつまんでいた。
「中身は秘密よ、ね、早く早く、毒味して」
ローズは笑顔で、毒味などという物騒な言葉を口にしている。
アレキサンダーの口に入るものは、全て毒味されている。最終的には、ロバートが確認する。そのためだろう。
何を見せられているのだろうか。
ローズが、早く味見して、食べて
といっているのであれば、手料理を食べさせたい恋人の会話ではないか。
アレキサンダーは周囲を見た。忙しいはずの侍女頭のサラがいた。母親のような視線で二人を見ている。サラの娘、ミリアもいる。二人とも、わざわざ様子を見に来たとしか、思えない。
「甘くないですね。これは?」
「あのね、乾燥させたトマトと香草よ。こちらはチーズ。ロバート、甘いお菓子あまり好きじゃないでしょう。だから、作ってみたの。美味しい?」
「えぇ。これなら、食べやすいです」
ロバートの確認を通過した菓子は、サラ達侍女が取り分ける。
アレキサンダーは、焼き菓子を口にした。口の中に、チーズの塩味と風味が広がる。
「ほう。これは美味しいな」
「アレキサンダー様に、そう言っていただけると嬉しいです」
ローズが微笑んだ。
普段、毒味以外では菓子を口にしないロバートも、二個目、三個目の菓子をつまんでいる。
「これは、どうやって思いついたのですか」
「あのね、ロバート」
ローズの手招きにロバートが応じて、耳を寄せた。ロバートの耳元に口を寄せ、手を添えたローズが何か囁いていた。
何を見せられているのだろうか。
アレキサンダーは視線をそらした。
もう一つ、トマトと香草の焼き菓子に手を伸ばした。香草の香りが口の中に広がる。
あまり、考えないようにしよう。アレキサンダーは、風変わりな焼き菓子の味に集中することにした。
その日の夜、アレキサンダーはローズが囁いた言葉を知ることになる。
「ローズに入れ知恵をしたのは、記憶の私だそうです」
ロバートは茶を飲みながら目を細めていた。
「記憶の私が、ローズに突然、甘くない焼き菓子も作れる、調合は知らないが、砂糖を入れずに塩が少しと伝えてきたそうです。調理師達と、調合をいろいろ試していたそうです。それをローズは秘密にしたかったようです」
昼間のことを思い出しているのだろう。ロバートは穏やかな表情を浮かべている。
無表情なそれとは違う。アレキサンダーは感慨深くロバートを見た。
「記憶の私は、なぜそんなことを突然言い出したのだろうな」
「わかりません。ただ、一度会って話をしてみたいものです」
「何を言うつもりだ」
「菓子の御礼と、小言を少し」
「小言とは」
「ローズを、あまり危ない目に遭わせないようにして欲しいというだけです」
「お前が守ってやれば良いだろう」
「四六時中は無理です。それこそ、このくらいになってくれたら、話は別ですが」
ロバートの手は、かつて育てていた鷹の体高と同じくらいの高さを示している。
「お前がそんなことを言っているなど、記憶の私に知られたら、お前が小言を言われるのではないか」
「どうでしょうか。所詮、無理な話です」
「そうだな」
ロバートの言葉に、アレキサンダーは相槌をうった。