1)
子供は素直だ。
「ローズちゃん、おんぶ」
年少組の小姓の一人、ニールは、まんまとローズの背中に収まった。小さなローズの背中に、小さなニールが背負われている様子は可愛らしい。
「可愛らしいですね」
その光景を見たロバートが微笑んだ。
「いいのか」
エドガーとしては、いろいろと問いたい。
お前の大事なローズが、お前より小姓達と仲良くしていていいのか。
ローズが、お前より、小姓の誰かと親密になってよいのか。
問いただしたいことはある。
「孤児院では、小さい子達の面倒をよく見ていたそうです。育った環境から引き離してしまいましたから。小姓達と過ごしているほうが、ローズも楽しいかもしれません」
エドガーは、ロバートの思いもかけない返事になんと答えたらよいかわからず、エリックの方をみた。エリックは、エドガーから視線を逸らした。
裏切り者。エドガーは無言でエリックを睨んだ。
「まぁ、お前とローズがそれでいいなら、いいか」
他人の自分が口出しすることではないだろうとエドガーは判断した。
「なにがだ」
アレキサンダーが書類から目を上げた。
「ローズです。小姓達と随分仲良くなりました。特に、年少組からは慕われているようですね」
ロバートの言葉に、アレキサンダーが外をみると、ちょうど、年長組のネイサンが、ローズの背からニールを引き剥がしにかかっていた。ローズちゃんが疲れるから駄目、と言っている声が聞こえる。ニールは、必死の抵抗にもかかわらず、引き剥がされた。途端に、癇癪をおこしたニールが泣きながらネイサンに、掴みかかっていく。
「おやおや」
「あーあ」
ロバートの声にティモシーの情けない声が重なった。
「ネイサンは、どうやって収めるのでしょうね」
「ネイサン、やり過ぎだよ」
先日まで、小姓筆頭だったティモシーが、頭を抱えていた。
「まぁ、誰もが一度は通る道ですよ」
身に覚えがあると言わんばかりのロバートの言葉に、ティモシーがため息をついた。
「それはそうですけど。なんか、ちょっと前の自分を思い出して恥ずかしいです」
「皆、それぞれ思うところはあるでしょう。全員子供だったのですから」
「そうだな」
ティモシーとロバートの会話に、アレキサンダーが同意した。
癇癪を起こした子供の扱いは難しい。なんとかしようと思うだけ無駄だ。疲れきるまで放置しておけばいい。というロバートの持論をアレキサンダーは思い出した。アレキサンダーは、ロバートが、誰との経験から、その持論を導き出したのかを考えないようにしている。
アレキサンダーも、子供だった。当然、思うところはある。
「そういえば、ローズと小姓達は、何やら、秘密があるらしいですよ。ローズが楽しそうに、秘密がある。内緒だと、わざわざ教えてくれました」
その時のことを思い出したのか、ロバートは笑顔だ。
「いいのか」
アレキサンダーとしては、いろいろと問いたい。
可愛がっているローズが、年齢の近い小姓達と親しくしていいのか。
大切にしているローズが、お前に秘密だというのは、心配ではないのか。
問いただしたいことはあるのだ。
「いずれ教えてくれるそうですから。期間限定の秘密というのは、面白い考え方ですね。最近、ローズからバターの香りがすることが多いので、どうやら厨房も関係している様子です。怪我をしなければ構いません」
「そうか」
アレキサンダーは、ローズからのバターの香りなど気づいたことはない。ロバートとローズの距離の近さに、アレキサンダーはめまいを覚えた。
「なんとなく、察しておられますね」
ティモシーの質問にロバートは肩をすくめた。
「私は何も知りませんよ。ローズは秘密が楽しいようですから。私は知りません」
ロバートは、可愛いがっているローズの秘密に付き合ってやることにしたのだろう。
「ローズちゃん、可愛いですね」
最も若いティモシーの、単刀直入な質問に、執務室の面々は前のめりになった。
「そうですね。懐いてくれていますし。妹はいずれ、兄のもとを離れていくものだといいますから。今の間に可愛がっておきたいですね」
ティモシーの目が泳いだ。呆れ顔のアレキサンダーと目があい、何かを察したのだろう。
「そうですね」
ティモシーは先輩たちに習って無難な返事をすることにしたようだ。
「ずっと小さい可愛いままでいてくれたら、可愛がっていられるのですが」
そういうロバートの手は、肘くらいの高さを示している。
「子供の頃、育てた鷹がこれくらいでした。あちこち連れ歩いたものです」
ローズがその大きさになって欲しいというわけではないらしいことに、アレキサンダー達は安堵した。
「王都に来る時に、森に帰しました」
その鷹のことは、アレキサンダーも覚えている。森で見つけた飛べない幼鳥を、ロバートが鷹匠に教わりながら育てたのだ。
「森で元気にしているといいですね」
「えぇ。ただ、もう寿命でしょうから」
アレキサンダーは、手元の書類に目を落とした。ロバートには知らせていないが、鷹は屋敷に舞い戻り、数年後に死んだ。鷹はロバートを呼ぶかのように啼き、死ぬまで、ロバートの使っていた籠手を使う鷹匠の指示だけに従ったという。
ロバートが可愛がっていたポニーもそうだ。小さな子供の練習相手にはなったが、それ以外は頑なに拒んだ。振り落とすことはしなかったが、絶対に歩かなかったという。
ロバートは小さいもの、可愛いものが好きで、面倒見がよいから相手から好かれる。
「ローズがこのくらいだったら、肩に座らせてどこへでも連れていけるのですが」
続いたロバートの言葉に、執務室の面々は顔を見合わせた。
「無理な話です。可愛らしいでしょうが」
何を想像しているか知らないが、ロバートは笑顔だ。
「そうだな」
アレキサンダーは、何とか相槌をうった。
昼の軽食にローズを連れ出すため、ロバートは執務室から退出していった。