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苦い、それも経験


 翌朝、目が覚めたら素晴らしい解決策を思いついた……。なんて事はなく、リラは悶々としたまま家の手伝いに取り掛かった。


 それでもしっかりと寝てスッキリしたおかげか、昨日の様に思考が仕事を妨げる事はなかった。元々物事を並列処理する事は得意なのだ。


 リラを思い悩ませるきっかけを作った張本人、マーレが自室から出てきたのはほとんど昼になってからだった。


 足取りはフラフラとしていて、目はまだ開き切っていない。それに服も少し乱れている。

その気だるい姿が何故だか妙に色っぽい。


 無駄に色気を振りまくマーレと目が合った。


「おはよう、リラは朝が早いのね」

「おはようございます! まぁ、慣れてますから」


 軽く話をしながら朝食を手渡す。


 ちょうど昼前の今は一番忙しくない時間帯だ。

 そのまま少しマーレと話をする事にした。


「マーレさん、昨日の事なんですけど……」

「錬金術、やってみる気になった?」

「それが……少し迷ってて」

「言ってごらん」


 マーレに促されるまま、リラは全てを話す事にした。


 思いの丈をそのまま伝えたから、順序もバラバラだったし、言葉足らずな所もあった。


 しかし、マーレは急かす事無く聞き役に徹してくれた。


 リラが抱えていた悩みの全てを話終えると、マーレは「ちょっと待って」と言い残して大急ぎで自室へと戻っていった。


 そしてしばらくすると、マーレは小さな鞄を持って帰ってきた。


「あの……マーレさん、それは?」

「まぁまぁ、見れば分かるから」


 そう言って取り出したのは青色の液体が入った小瓶。


「あの……これって?」


 マーレの意図が分からなかった。


「ポーション、昨日作ったから分かるわよね?」

「それは分かるんですけど……このポーションがどうしたんですか?」

「それは決まってるじゃない。リラちゃんに飲んでもらうのよ」


 笑顔でリラの目の前にポーションを置く。


「いやいやいや、私怪我とかしてないですから!」

「大丈夫よ、害はないから」

「嫌です! だってこれかなり苦いじゃないですか!」

「まぁまぁ、ペロっと舐めるだけでいいから」

「……そもそもどうしてポーションなんですか!」


 ただ悩みを相談しただけだった。それがどうしてポーションを飲まされそうになっているのか分からない。


 さすがにマーレも説明不足だと気付いたのか、


「これはね、私が錬金術で作ったポーションなの」


 と付け足す。


「分かりました! でも舐めるだけですからね!」


 一応マーレにも何らかの意図があるのだろう。


 ただリラが苦さで顔を歪める様子がみたいなら昨日みたいに人の悪い笑みを浮かべているはずだ。ところが今のマーレからは微塵もリラをからかおうとする様子はない。


 未だ分からないものの何らかの意図があるんだろう、とリラは理解した。


 小瓶の蓋を開いて手に垂らす。


 そして覚悟を決めて、ポーションを口に含んだ。


「……あれ?」


 何かの間違いかもしれない、と思ったリラはもう一滴同じように舐める。


 そしてようやく自分の感覚が間違っていないと確信した。


「甘い……」


 思わず声が漏れる。


 予想と違って、そのポーションはほのかに甘かった。


「どう? 驚いたでしょ?」


 マーレがしたり顔で見ている。


「なんで……? 何をしたんですか?」

「それじゃ次はこれね」


 リラの問いには答えず、マーレは再び鞄から小瓶を取り出す。


 再び目の前に置かれたポーションを今度は躊躇いなく口に入れた。


 刹那。


「……にっがぁい!」


 あまりの苦さに顔がキュッとなる。甘いんじゃないかと思っていたから衝撃は二倍だ。


「ちょっとマーレさん!」


 涙目で睨みつけると、マーレは顔を抑えて笑っていた。


 またマーレのイタズラに引っかかってしまった。


「いや、ごめんなさい。今度は舐めろなんて言ってないのに、まさか躊躇なく舐めるなんて思わなくて」

「じゃあどうすればよかったんですか!」

「ただ単に、ポーションが何からできているか見てほしかっただけなの」

「……それ先に言ってくださいよぉ~」


 未だに口に残る苦みを感じながら、ポーションをジッと見つめる。


 すぐにこのポーションが昨日リラの作ったポーションが違う物だと気が付いた。


 夕月草の他に別の植物が使われた形跡が感じ取れる。


「気づいたでしょ? これは普通のポーションと解毒ポーションを合わせたものよ」

「はぇ~、そんな事もできるんですね……」


 改めて小瓶をまじまじと見つめる。


「ちなみにさっきの甘いポーションは花の蜜の甘さで出してるのよ」

「これも……そうだったんですね」

「色んな物を組み合わせて、自分にしか作れない物を作る。これが錬金術の醍醐味なの」


 視線をポーションからマーレに戻す。


 いつの間にか笑いの治まっていたマーレは真剣な表情をしていた。


「だからね、リラ。いい錬金術師になるためには色々な事を経験する必要があるの。例えばポーションが苦いって思わない人は甘くしようなんて思わないでしょ?」


 確かにそうだ、と小さく頷く。


「だから錬金術師になるために何かを諦める必要なんてないの。どんな経験だってきっと錬金術の役にたつわ。錬金術は手段であって、それ自体が目的じゃない。それが分からない人も残念ながらいたけどね……。でもリラなら私が言いたい事、分かってくれるわよね?」

「何をしたいか、が大切って事ですよね……?」

「よくできました」


 マーレがニッと笑う。


「だからね、錬金術をするためにここでのお仕事ができなくなるなんてな事ないの」

「本当に? 両方続けていく事だってできるの?」

「ええ、私が嘘ついた事あった?」

「……嘘に近い冗談なら何度かあった様な」


 ジッと見つめると、マーレは焦った様に目を逸らす。


「と、とにかく! リラ、錬金術師目指してみない?」


 どうにもカッコがつかない。いい事言おうとしていたのに台無しだ。

 それでも、今ならなんの躊躇いもなく答える事ができる。

 

 ──リラ・ホワイト、錬金術師始めます。



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