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第九話


「……こんなの、どうすればっ!」


 平原へと辿り着いたナッツを待っていたのは、凄まじいまでのアンデッドの群れ、だった。

 本来ならば生者を嫉み問答無用で襲い掛かる筈のソレら全てが城壁へと向かっているのは、魔王軍六魔将とやらの命令がある所為なのだろう。

 尤も、その命令のお蔭で、ナッツは捕捉されることなく城塞都市へと近づける訳ではあるが……それでも数千の動く死者たちが城塞を取り囲むように並んでいる様子は、とてもその軍勢を突破して城塞都市内へと入れるようには思えない。

 たとえ最強の一撃……少なくともナッツの主観としてはそう信じ込んでいる、その最強の一撃を習得していたとしても、それだけではこれほどの大軍を突っ切ることは叶わないだろう。

 その事実に気付いたナッツは途方に暮れ、「武の妖精」を名乗ってた彼の師匠へと脳内で問いかけていた……その時だった。


「……あれはっ?」


 ガーディアの正門から少し右へと向かった辺り……そこで何かが光り輝いたのだ。

 明らかにアンデッドの魔力とは異なる、聖に属する魔力の輝きは恐らく光の勇者か聖女のどちらかが魔力を用いた証である。

 事実、その輝きによって群がっていた骸骨兵たちの一部が消滅したのだから、敵の攻撃ということはあり得ないだろう。

 そして、その光のお蔭で視界が通り、ナッツの目にも凶悪な黒のローブを着た骸骨と、その周囲の雑魚とは一線を画した骸骨兵たち、そして勇者と聖女、ナッツ自身と縁の深い老人の姿が写りこむ。


「……師匠っ」


 その老師が骸骨へと拳を叩き込んだ直後に黒い炎に包まれたのを目の当たりにした瞬間……何かを考えるよりも早く、ナッツは走り出していた。

 それも通常の走り方ではなく……踏み出す度にこの数日間使い続けていた【爆発】の魔術を背に受ける、言わば暴走とも言える走り方で、だ。

 通常の人間ならバランスを保つことすら出来ず転倒するだろうそんな暴挙を可能としていたのは、ここ数日間延々と同じことを繰り返したナッツだからこそ、だろう。

 そうして「人間が走って出せる限界を遥かに超越した速度」で平原を駆け抜けた少年が見た者は、全身を黒い炎に焼かれた老人と、身体に大穴を開けて血を流す勇者、そして……


「誰かっ、誰かっ!

 神よっ、助けをっ!」


 腐敗したゾンビの群れに押し倒され悲鳴を上げる聖女の姿、だった。

 尤も、ナッツ自身はその少女が聖女であることを知らず……ただ何処かの無力な貴族の少女が生贄になってるという認識しかなかったが。


「そこまでだっ!」


 ナッツは武術の才能こそなかったものの、少女が蹂躙されている暴挙を見過ごせない程度には善良な人間であり……本人が気付いた時にはそう大声で叫んでしまっていた。

 果たしてナッツの思惑通り、その声でアンデッドたちの手は止まる。

 しかしながら……聖女を蹂躙する愉悦に意識を向けていたブラデッドの視線もまたナッツの方へと向かってしまったのだった。


「……知ラヌ間二、蠅ガ紛レ込ンダヨウダナ」


 魔王軍の六魔将が小さくそう呟き、その視線が自らの方へと向いたことを理解した瞬間……ナッツの身体は自然と震え始めた。

 その現象を一言で言ってしまえば「格が違う」のだろう。

 ただの骨でしかない身体を覆うような膨大な魔力と、生者全てへ向けるような凄まじい憎悪……それらはどちらも少年が感じたこともないほど強烈であり、そして未だに未熟なナッツの心を縛り付けるには十分な代物だった。

 恐怖に硬直してしまったナッツは、「さっき声をかける前に不意打ちすれば良かった」と今更ながらに思うものの、生憎ともう気付かれた以上、悔いるにしても遅すぎる。

 そうして怯え切ったナッツの脳裏には、今まで学んだ【魔闘術】技が幾つも過っていくものの……生憎とそれらの技はどれ一つとして眼前の骸骨に通じる予感がしない。


「ば、馬鹿者っ、どうして、来たっ!

 逃げ、ろっ!」


 弟子の姿が目に入ったウォーナットは残された体力気力を強引に振り絞り、肺腑の奥から必死の叫びを上げるものの……生憎と全身を呪炎に焼かれた身体には大声を吐き出す余力すらも残っていない。

 だけど、師のその必死の叫びは決して無駄ではなく……瀕死のウォーナットを目の当たりにしたナッツ少年は、気付いた時には全身の力を抜いて大きく溜息を吐き出していた。


「……そうだ。

 師匠が勝てなかった相手に、師匠の技が通じる訳もない、か」


 その呟きと共に、今まで必死に学んできた【魔闘法】の全てを脳裏から捨てる。

 早い話が……完全に開き直ったのだ。

 自分が使える技なんて「たったの一つしかない」と……そして、そもそも『たったの一つ』しか習ってないと。

 所詮、才能もない上に未だに未熟なナッツは、大層な魔術や技などとは無縁であり……持っているモノと言えば、ただの付け焼刃を一振りだけなのだから、悩むこと自体が無駄でしかない。

 その事実に気付いたナッツは「先生はこのことを予期して一つしか技を教えてくれなかったのかもな」と呟いているが、あの自称「武の妖精」はそこまで深く物事を考えてはいなかった。


「くそっ、少年が紛れ込んだ、のか……

 動け、動けよ、俺の、身体っ!」


「……に、逃げて下さいっ!

 早くっ!」


 六魔将ブラデッドを前にして構えようとも逃げようともせず、ただ震えるばかりの少年の姿を見た勇者と聖女はそう叫ぶ。

 だけど、身体に大穴の空いた激痛にカシュー王子は立ち上がることすら出来ず、ヘーゼル王女は押さえつけられたまま動くことすら叶わない。

 そんな有様でも人の心配をするのだから、二人とも性根が善良なのだろう……尤も、善良なだけでは屍の上に屍を積んで歩く戦場の中で、人を助けることなど出来やしないのだが。


「……ああ、師匠の仲間か。

 良い人たちだな」


 完全に開き直ったことで視野が広がったナッツはそんな二人に視線を向けて小さくそう呟くものの……今はそれどころじゃないと意識を真正面に立つ屍操術師へと向ける。

 そうして覚悟を決めたナッツの身体は、この数日間、何度も何度も同じことばかりを繰り返し続けた動作を自然となぞり始めていた。

 即ち……両手を大地に付け、しゃがみ込むという動作を、だ。


「クカカカカ。

 土下座シテ許シテ貰オウトデモ言ウツモリカッ!

 ダガ、甘イナ、小僧ッ。

 ソノ四肢ヲ砕キ、我ガ前二立ッタ罪ヲ思イ知リ、絶望ノ中デ死二行クガ良イッ!」


 その少年の無様な構えを見たことで勘違いしたのだろう、魔王軍六魔将はそう嗤うと闇の魔力を両腕に集中する。

 直後、周囲に散らばったアンデッドの残骸から数多の骨が両腕の十指に集まり始め、昆虫の脚を模ってゆく。

 それはブラデッド自身が宣言した通りの、少年の四肢を砕いた上で老師を嬲り殺すための最適の形だったのだろう。


「ば、馬鹿者っ!

 そんな、そんな真似をっ!」


 事実、ウォーナットも弟子のそんな構えを見て、戦うための姿勢だとは思いもせず、焼け爛れた身体を必死に動かして立ち上がろうと足掻き始めていた。

 だけど……


「……今なら、打ち抜ける」


 魔王軍六魔将が取った弱者をいたぶるためのその構えは、最強の一撃を身に付けたナッツにとっては、ただの『隙』でしかない。

 と言うより、ナッツ少年にも何故かは理解出来ていないものの、今【牙突打】を放てばブラデッドに拳を叩き込めるという、妙な確信があった。

 それは、ナッツが何度も何度も技を繰り返し続けたからこそ身に付いた、武術的な直感とも言うべき感覚なのだろう。

 事実、格闘家などでは技を放つ時、「技が当たる」という直感が宿る時があると言うが……まさにソレである。

 そして、ナッツ少年はその直感が背中を押すままに、腰を上げ……





2020/10/21 21:03投稿時


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[良い点] やったれ!ナッツ!
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