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第八話(間章その2)


「……ブライト・セイバーっ!」


 カシュー王子のそんな叫びと共に振るわれた光の剣は、闇の屍操術師ブラデッド配下のゾンビ三十五体を塵へと化すほどの威力を秘めていた。

 ……だけど、城塞都市ガーディアを侵略中のゾンビは数千体も存在しており……数千分の三十五体など、所詮は誤差の範囲でしかない。

 事実、勇者と呼ばれる王子が技を繰り出してまで狙った本命……闇の屍操術師ブラデッドには、王子が放った光の刃など届きすらしていないのだから。


「……くそっ、キリがないっ!

 ヘーゼル、お前はっ?」


「私も手一杯ですわっ、お兄様っ!」


 渾身の一撃が無為に終わったことに舌打ちをしたカシュー王子は、背後にいる筈の同母妹に援護を求めるものの……返ってきた応えはそんな素っ気ないものだった。

 事実、聖女たるヘーゼル王女も魔力を全開にしてアンデッド共を蹴散らしているのだが、相手の数も個々の強さも二人の予想を遥かに超えていたのである。


「くっ、【超撃】っ!

 ……我らが策を見抜かれていたとはっ」


 【魔闘法】を操るウォーナットも、魔力を込めた拳によって親衛隊に類すると思しき重装備を身につけたスケルトンの一体を一撃で粉砕するものの……それでもその拳は魔王軍六将にはまだまだ届かない。

 実際問題、彼らの策が魔王軍に通用する筈もなく……彼らが繰り出した乾坤一擲の突撃は、屍操術師ブラデッドによって完全に読まれていたのだ。


「……くそっ。

 誘い出されたってことかよ」


 カシュー=サーズ=シーズが舌打ちしながらそう叫ぶのも無理はない。

 事実、城塞都市ガーディアを包囲したアンデッドの軍勢が城壁を前に攻めあぐね、敵本陣が近づいてきたところに突撃をかける……王子たちの策はこれ以上ないほど完璧に決まっていたのだ。

 唯一の誤算は、魔王軍六魔将である闇の屍操術師ブラデッドが想定よりも遥かに強かった……ただその一点にあったのだ。

 その姿は黒いローブに身を包んだ骸骨の魔術師であり……己の身すらも死霊と化した、闇の魔術師を極めた者のみが到達できる異形であり、生きた人間は誰しもがただ見るだけで恐怖に駆られてしまうだろう禍々しき姿を晒している。

 事実、カシュー王子が率いていた精鋭たちは、ブラデッドへの恐怖に駆られ、もしくは他の死霊兵の妨害もあり、誰一人として魔王軍六魔将と相対することすら出来ず、脱落してしまったのである。


「……【光の瀑布】っ!」


 闇の屍操術師がアンデッドであることを見抜いた聖女ヘーゼル=ノ=シーズは死霊に対して効果の高い聖魔術を放つ。

 その術は聖女の狙い通り、そのか細き御手から放たれた魔術は聖なる光の洪水となり、周囲一帯に爆発的に広がって行き……聖女を狙っていたゾンビ兵たちは瞬時に灰燼と化していく。


「はぁっ、はぁっ……何で、届かないのよっ!」


 ……だけど。

 その魔術の範囲内に佇む、六魔将たるブラデッドには何ら影響があったようには見えなかった。

 聖女の魔術も、勇者の斬撃も、老いた拳士の魔闘法も、それらの全てが、かのアンデッド魔術師の周囲を覆う闇の衣……そうとしか言いようのない黒い防御膜によって弾かれているのだ。

 だからこそ王子たちの乾坤一擲の突撃は敵将の首寸前まで迫っていながら、六魔将ブラデッドを討ち滅ぼすことが出来ず、そのまま押し込まれてしまい……こうしてジリ貧の状況へと追い込まれてしまっている。


「今ならっ……ぐぁあああああっ?」


 聖女の魔術で周囲の敵が一掃されてあのを機と見做したカシュー王子が光の剣を手にブラデッドへと斬りかかるものの……それすら闇の屍操術師に読まれていたのか、大地から突如として盛り上がった八本の【肋骨】によって迎撃されてしまう。

 先の尖った肋骨に身体の何か所もを抉られた王子は、そのまま大地に転がって激痛に呻くばかりで立ち上がることすら出来なくなっていた。

 

「……カカカッ。

 甘イ、甘イ。

 所詮ハ実戦モロクニ経験シナイ餓鬼共ヨ」


 そうして襲撃側の主力である勇者を無力化したことで勝利を確信したのだろう。

 魔王軍六魔将は王子たちの無様さを嗤いながらそう告げる。

 ……その瞬間だった。

 確実な勝利を目前にしてブラデッドの気が僅かに緩む。

 勿論、闇の屍操術師であるブラデッドは魔王軍六魔将を冠する強者であり、数多の戦場を渡り歩いてきた存在である。

 だからこそ、最大の脅威だろう勇者からは目を離さなかったのだが……それでも勝利を確信した時にどうしても生じる、ほんの僅かな死角を突いてウォーナットが炎に燃える拳をブラデッドの顔面へと叩き込んだのだ。

 奇襲のタイミング、戦場の空気を読む能力、相手にそれらを悟らせない足運びと殺気の消し方……全てが老練の一言に尽きる、ソレは最高の一撃だった。

 ……だけど。


「今ノハ、痛カッタゾ、爺。

 ……所詮、痛イ程度ダガナ」


「あがぁああああっ?」


 老師ウォーナットの不意を突いた渾身の一撃ですら、闇の屍操術師ブラデッドを覆う闇の防御を貫くことは叶わなかったのだ。

 反撃とばかりに闇の炎を叩き込まれたウォーナットは魂が焼け爛れる激痛に……精神への痛みが肉体へと転化されるという、闇の魔術特有の耐えがたい痛みにのた打ち回る。


「……老師っ。

 今回復を……きゃぁああああああああ」


 ウォーナットが受けたダメージが甚大だと判断した聖女ヘーゼルは慌てて老人へと駆け寄ろうとするものの、その動きすらも魔王軍六魔将は予期していたのか、周囲の骸骨兵たちと腐人兵が一斉に聖女へと圧し掛かり、その四肢を押さえつける。

 こうして、突撃を敢行した勇者一行は壊滅し……全員が戦闘不能へと陥っていた。

 つまり、この瞬間を持って城塞都市ガーディアの命運は尽きたのだ。


「神ノ加護カ。

 我ラノ存在ヲ抹消シタ神ニ認メラレタ聖女トハ笑ワセル。

 クククッ、我ガ配下共ニヨッテ穢シテヤロウ。

 ……イツマデ聖女デ居ラレルカ、楽シミダ」


「誰かっ、誰かっ!

 神よっ、助けをっ!」


 ソレを理解した……いや、もっと身近にある、我が身に迫った眼前の危機に対し、聖女にして王女たるヘーゼル=ノ=シーズは腹の底からの叫びをもって己の神に助けを乞う。

 事実、このままでは聖女自身、想像したこともない非道な目に遭わされることが確実で……しかも、自害したところでアンデッドとして甦らされかねず、永久に苦痛と絶望の中、死に続けなければならない可能性すらあったのだ。

 とは言え、天から見守るだけしかしてこなかった神が、たかが一信徒に対して手を差し伸べることなどする筈もなく……

 ……いや、たかが一信徒に対して、神が手を差し伸べることなどない筈、だった。


「……そこまでだっ!」


 事実、彼らの信奉する神という存在は、たかが己の一信徒如きに救いの手を伸ばすことなどある筈もなく……

 代わりに聖女の危機に対して絶妙のタイミングで訪れたのは、身の丈も足りず身体は貧相で如何にも弱そうな……勇者一行では最年少である聖女ヘーゼルよりもまだ若い……

 ……何の取り柄もなさそうな、特に特筆すべき特徴もない、ただの一人の少年だったのだ。


2020/10/21 00:21投稿時(遅刻)


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