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第六話


「俺様が教えられるのは此処までだ。

 報酬として、この余った食料は貰っていくぞ?」


「……ありがとう、ございます」


 結局。

 ナッツ少年が(ライト)という名の自称「武の妖精」からの特訓は当初の予定を超過し、7日にも及んでいた。

 少年が学んだのはたった一つの技だけ。

 だけど……7日間も費やしたというのに、そのたった一つの技すらもナッツはまだまともに操ることが出来ないのだった。


「ですが先生っ、オレはっ!

 オレは、まだっ!」


「大丈夫だ。

 俺様の師に、『ケンジ』という名の者がいてな。

 その師が言うには……とある拳士が毎日仕事に行く度にこの崩拳(ポンケン)を数年間も延々と続け。

 その拳士は長い年月を鍛練に費やし、ついには最強となったとの逸話がある」


 だから、だろう。

 不安を見せる少年に対し、先生と呼ばれる妖精は相変わらず堂々とした口調でそう語りかける。

 知っている人が聞けば、それは漫画の受け売りだと分かるのだが……生憎と異世界の知識などないナッツ少年は、その素晴らしい拳士の逸話に感じ入っていた。


「生憎と、俺様に教えられることは全て教えた。

 後は、貴様が技の練度を高めるのみだ。

 ただただ、その技を繰り返すが良い」


 自称「武の妖精」は弟子から報酬として貰った抱えきれないほどの保存食の上に立ちながら、厳かにそう告げる。

 尤も、その視線はちらちらと報酬の方へ……妖精の身体から見れば己の身を超すほど大量の食糧へと向けられていて、威厳なんて欠片も見受けられない有様だった。

 それでも、洗脳気味の思考誘導を受けたナッツ少年はそんな俗物じみた師の姿を見ても何かを思うことはなく、ただ大きく頭を下げるだけだった。


「さぁ、今から戦場に向かうが良い、我が弟子よ。

 これから技を繰り出す毎に、お前の一撃は威力を増し続ける。

 戦場に向かう時には、最強の一撃がその身に宿ることだろうっ!」


「は、はいっ!

 行ってきます、先生っ!」


 自称「武の妖精」にそう堂々と背中を押されたナッツは、一端の武術家になった気分で右拳を胸の前に掲げ……拳士としての礼を表す仕草をして頭を大きく下げる。

 両者の師弟関係は……片方の思惑を知っていれば非常に危うく一方通行だとは言え、それでも形上はそれなりに成り立っていた歪な師弟関係は、こうして終わりを告げたのだった。

 直後に少年は、戦場へと赴くべく踵を返すと……その場で大地に両手を置き腰を上げてクラウチングスタートの姿勢を取り、すぐさま爆発と共に前方へと吹っ飛んでいく。


「うわぁぁぁぁぁ……」


 とは言え、まだ着地もまともに出来ない弟子は今度も失敗したらしく、師匠の元にはそんな悲鳴の残滓と土煙だけが残され……いや、それらと共に報酬として受け取った大量の保存食が残っている。


「……本当に行きやがった」


 そんな食料群をスキル【アイテムボックス】へと収納しながら、(ライト)という名の元異世界人……現在は詐欺の罪まで重ねてしまった自称「武の妖精」は弟子擬きが去った方角を眺めながら、そんな小さな呟きを零していた。


「最強なんて、一朝一夕でなれるもんじゃない。

 餓鬼でもちょっと考えたらそんなことくらい分かるだろうに……」


 それは、【アイテムボックス】を多用して盗みを続け王都から追い出され……辿り着いた辺境の街で少年から食料を掻っ攫う詐欺師にまで落ちぶれた元異世界人の、辛うじて残った良心の残滓だったのかもしれない。

 考え得る限りの思考誘導を行って詐欺とバレないように保身を重ね、元ネタは漫画(前世の記憶)からではあるがそれっぽい(・・・・・)言葉を重ね、一応は理に適っているだろう(・・・)理論を教え、形ばかりは納得させて弟子擬きを戦場へと送り出した訳だが。


「……死ぬ、だろうなぁ、やっぱり」


 相手は魔王軍とか言っていたし、戦争もしているとか聞いた。

 そんな正気を狂気で洗い流すような地獄絵図の中、ろくに武術も修めてない餓鬼一匹にあんな似非奥義を教えたところでどうにかなる訳もない。

 取りあえず初弾の速度だけは目にも止らぬレベルにまで鍛え上げたから……魔王軍の強敵に一発くらいはぶん殴れる、だろう。

 ……多分、そうなったら良いなと思っている。

 

「恨んで、化けて出てくれるなよ?

 俺様も、飢えたくないんだ……分かってくれ」


 結局のところ、自称「武の妖精」が偽名である(ライト)を名乗っているのだって、元の世界からの転生者……特に同年代の連中がいれば、彼から異世界人だとバラさずとも、元ネタを知っている相手から突っ込みが入るだろうと期待しているから、だ。

 一度は死んで転生してしまった以上、元の世界に戻ることは諦めているものの……それでも彼は、この世界に馴染むことも出来ず、ちっぽけで非力な妖精の身体にも慣れず……結局は、未練たらしく同族を探し求めていたのである。

 尤も、その願いは今のところ叶う見込みすらなかったが。


「さて、この街からもとっとと逃げ出すか。

 魔王軍かぁ……ヤバい連中だろうなぁ」


 そして、この世界に馴染めないからこそ、この元異世界人は現地人を騙すことにもあまり抵抗がなく……正直に言ってしまうと、彼にとって現地人が死んだところで「NPCが死んだ」程度の感覚しか持ち合わせていなかったのだ。

 だからこそ、人類を皆殺しにするべく魔王軍が迫っていると言うのに「とっとと街を見捨てて逃げ出す」なんて発想が、罪悪感一つもなく素直に出て来るし……


「いや、一応全てを見届けて、次の街へと情報を売り払った方がマシか?」


 住民を見捨てるどころか、彼らの末路で儲けるなどと自らの利益だけを考える……一言で言うと人間失格の下衆な発想が平然と出来るのだ。

 そんな訳で自称「武の妖精」は、山の麓にある城塞都市ガーディアでの戦闘を見届けるべく背中の羽根を羽ばたかせ、空へと舞い上がるのだった。



2020/10/17 20:45投稿時


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