第五話(間章その1)
「済みません、ウォーナット老師。
貴方以外に頼る者がおらず……」
城塞都市ガーディアの領主邸にて【魔闘術】の創始者対し、申し訳なさそうにそう声をかけたのは、この国の第三王子にして光の聖剣を手にする勇者カシュー=サーズ=シーズだった。
歳は十九で、金髪碧眼にして鍛え上げられた長身の美男子と、文字通り「絵に描いたような」王子様と話題の青年である。
ちなみに彼は、剣の腕は天才と名高く、更には光の魔術を宮廷魔術師と同等に扱い、魔王軍と最前線で戦い続ける勇者しても有名だった。
「いえ、王子。
儂も、一応は宮廷に仕えたこともある身……状況は理解しております。
協力を惜しむつもりなどありませぬ」
色々あって政治的配慮とやらで遠ざけられたものの、一時期は教え子でもあった王子に対し、ウォーナットは身分差を意識して恭しく頭を下げる。
事実……彼の眼前に立つ光の王子を取り巻く状況は、危ういを通り越して救いようがないと言える有様だった。
何しろ、妾腹の第三王子でありながら王太子である第一王子を差し置いて、光の聖剣に選ばれ勇者と呼ばれているのだ。
しかもその光の聖剣は建国王が魔を討ち、このシーズ王国の基礎を作り上げたという伝説の剣なのだから……運命はカシュー王子を殺しにかかっているとしか思えない。
そんな権力闘争が背景にある所為で、武力を持つ有力者……即ち貴族たちは王太子に遠慮する、と言うよりは王位争いに巻き込まれたくないとばかりに魔王軍との戦いから身を引いてしまい、彼は身一つで最前線に送られる羽目に陥っている。
結果として、城塞都市ガーディアへの援軍はカシュー王子と光の聖剣、そして彼の手勢十数名という「見捨てられた」に等しい状況だったのだ。
「それもこれも、お兄様の人望がない所為ですわ。
全く、最前線にこの人数でなんて」
「そう言うな。
お前がいてくれるだけで救われてるさ、ヘーゼル」
そんな光の王子を揶揄したのは彼と同じく金髪碧眼で長身の美少女……御年十六でありカシュー王子の同母妹であるヘーゼル=ノ=シーズだった。
年端もいかぬ頃から光の神の教えに入れ込み、国王が決めた政略結婚の相手を振り切ってまで神殿に入れ込み……ついには神託によって「光の聖女」と啓示を受けた張本人である。
その辺りの経緯の所為で、王位継承権を失った王族を示す『ノ』がつけられているのだが……人生の全てを光の神に捧げたと自称する本人は全く意に介していなかった。
「しかし、ヘーゼル。
お前はこんな俺に付き合わなくても構わないんだぞ?
何処かに嫁ぐ幸せもあっただろうに」
「冗談。
私は光の神アッティスに人生を捧げた身。
下らない男に傅くなんて冗談じゃないわ」
命のやり取りをする戦場に妹を放り込むことに躊躇いを覚えるカシューはそう尋ねるものの……同母妹の答えはそんな素っ気ないものだった。
このヘーゼルという名の王女は信仰が少しばかり行き過ぎている所為か、神以外の何者にも仕えないと断言していて……父であるシーズ国王も彼女の扱いには頭を悩ませているところである。
更に国王の頭痛を加速する要素として、光の神の信者を増やすべく治癒魔術を使って医療活動を行ったり、私財を使って貧民への奉仕活動をする彼女を支持する者は多く……アッティス教団も聖女たる彼女の後ろ盾となっているのだ。
……そんな彼女が王女の身でありながら最前線に送られたのは、教団が「魔王軍との戦いに全力を注いでいる」というプロパガンダでもあったし、扱いに困った王国が放任に近い形で庇護を放棄した結果でもあった。
「相手が魔王軍六魔将の一人、闇の屍操術師ブラデッドってのも都合が良いな。
城壁を使って籠城を続け……何とか機を見て敵陣へと突撃を敢行。
相手が立て直す前に敵将の首を取る」
「……それしかないでしょうな。
だからこそ儂に声をかけたのでしょう?」
そんな苦境に立たされたカシュー王子は乾坤一擲の戦術を提言……老齢とも言えるウォーナッツもその意見に賛同する。
と言うより、他に策がないのだ。
城塞都市ガーディアが保有する戦力は千七百……市民から義勇兵を募ったところで三千に届くか届かないかという有様なのに対し、斥候の報告では魔王軍六魔将ブラデッドの保持する不死の軍団は軽く見積もっても七千。
手持ちの兵は少なく、騎士たちは兎も角として義勇兵の練度は低く、更に相手は屍をゾンビとして利用する闇の魔術師……一度戦端が開いてしまえばあちこちに死体の山が築かれ、敵はその山を使って無限に援軍を作り上げられる、なんて真似に陥りかねない。
「老師ほどの達人を使い潰すような真似は恥ずべきと分かっているのですが。
俺には、これ以上の策は浮かばない。
……申し訳ない」
「いえ、王国の危機なのです。
若者の未来のためならば、儂のような老いぼれなどご自由に使い潰して結構」
気遣うような王子の言葉をそう流し笑みを見せるウォーナッツは、一時期とは言え弟子だった眼前の王子を通し、戦いが迫っているとは言えかなり手荒い真似をして追放してしまった末弟子に思いを馳せる。
まだ若かりし頃に一宿一飯の恩があった行商人に「息子の面倒を見て欲しい」と頼まれて弟子としたナッツだったが、その身体は未だに成長の途中であり完成は程遠い。
魔力を練る精神力も修行不足、技術に至っては未熟としか言いようがないのだが、その割には血気盛んで……放っておけば最前線まで付いてきかねない。
何よりも城塞都市ガーディアの存亡の危機なのだから、彼の弟子を含め、全員が前線に立つ覚悟を決めており……勇者と共に決死隊に参加するウォーナットだからこそ、そんな状況下で末弟子だけを贔屓する訳にもいかなかった。
だからこそ仕方なく手荒く追放したのだが……老いた胸中に「他のやり方はなかったのか」と少しばかりの後悔が残っているのは紛れもない事実だった。
「謝る必要も、死ぬ覚悟も不要ですわ、二人とも。
勝てば……この戦いに勝ちさえすれば、全てが上手くいくのだから」
「……ははっ、そうだな妹よ。
勝つぞっ、二人とも」
「そう、ですな。
勝てば、何もかも……いや、勝ってから考えるべきでしょう」
湿っぽい空気を嫌ったのだろう、聖女の自分に言い聞かせるようなその言葉に、兄である勇者は笑い、彼らよりも遥かに年の功を重ねている老人もそれに同調する。
彼らとて分かっているのだ……戦争という名の地獄は、時間が来れば綺麗に終わる芝居のような優しい場所ではない、ということを。
それでも勇者は人の上に立つ者として弱気な態度を見せる訳にはいかなかったし、最もソレを良く知っているウォーナッツとしてもそんな若者の精一杯の強がりを無碍にするような大人ではない。
「では、再びこの三名で勝利を祝う日を楽しみにしよう。
王国の、未来のために」
「若者たちの、未来のために」
「光の神の、勝利のために」
勇者の宣言に従い、老人と聖女も各々が自らが戦うべきもののために勝利を誓う。
この場にいる三名はそれぞれ志こそバラバラなれど、次の戦いで勝たなければならないという一点においては、仲間と言える間柄であることに疑いはない。
そうして勇者と聖女と達人の三人は頷きを交わし……数日後に必ず訪れるだろう、魔王軍六魔将との戦闘に向け、準備を始めたのだった。
2020/10/17 09:13投稿時
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