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第四話


「技は一つだけで良い。

 敵よりも早くその技を叩き込み、敵を一撃で粉砕すれば防御など要らんっ!」


 自ら「武の妖精」を名乗る小さな妖精は……まだ成長途中のナッツと比べても膝くらいの背の丈しかない妖精は、右手を突き出しながらそう告げる。

 その拳は如何にも拙く、自称「武の妖精」に武術の心得がないことを雄弁に語っていたのだが、洗脳の手口を喰らい眼前の先生を盲信し始めたナッツ少年の目にはそのしょぼい拳は映らなかったらしい。

 尤も……


「ですが、その……

 避けられたり、防がれたりしたら……」


 あまりにも無茶苦茶な妖精の言葉に対しては、盲信気味に陥っている少年でも疑問を覚えたようだったが。

 そして、そんな反論は(ライト)という名の妖精にとっても予想の範囲内だったらしく……自称「武の妖精」は腕を組むと目を見開いて口を開く。


「そんな時は、サパッと死すのみ。

 異世界最強の戦闘種族『サツマ』もそう言っていたのだから間違いないっ!」


 それは戦闘術としてはあまりにも乱暴すぎたものの、自称「武の妖精」が迷いを見せることなく断言し上に、嘘が含まれていなかったこともあり……ナッツは自然と「それほどの覚悟を持って一撃を放つべきなのだ」と良い方に捉えていた。

 実際のところ、ナッツが習っていた『魔闘法』のみならず武術の基本とは「死なないこと」であり、防御をまず最初に習得するものなのだが……生憎と妖精に騙されている少年は他の武術の知識など持ち合わせていなかった。


「良いか、まず構えはこうだっ!

 お前の言う【聖盾】を斜めに配置して……脚の裏へと置くっ!」


「は、はいっ!」


 (ライト)という名の妖精がまず教えた構えは、陸上選手が走り始める時に使う……クラウチングスタートの構えだった。

 その構えは、身を護る武術と言うにはあまりにもふざけた代物だったが、『魔闘法』しか知らず、しかも基礎すらも習得し終えていないナッツはさほど気にすることなくその姿勢を真似してしまう。


「あの……この【聖盾】の意味は?」


「自分で蹴るんだよっ!

 その勢いで前に飛び出すっ!

 立ったままより遥かに早く踏み込めるっ!」


 不格好ながらも武の妖精が見せたクラウチングスタートを、ナッツ少年は見様見真似で試してみる。

 勿論、初めて行うそのスタートはお世辞にも上手いものではなかったが……それでも自称「武の妖精」が生まれ育った異世界の、スポーツ科学が生み出した最高の加速法である。

 その加速度は、立ったまま踏み込む時を遥かに上回っていた。


「そして、ダメ押しだっ!

 踏み出す前に【軽撃】の軽量魔術で身体を軽くして置く。

 同時に【爆破】を脚から放ち、最速のスタートダッシュで相手の懐に飛び込むんだっ!

 誰よりも早い加速で、敵の懐へと跳び込めっ!」


「はいっ、やってみますっ!」


 妖精の言葉は理に適っていた……少なくともナッツが耳にした時点では。

 だからこそ先生と呼ぶ妖精の動作を、素直に真似したナッツだったが……


「うわぁああああああっ?」


 言われた通りに踏切をした瞬間、ナッツの身体はいとも容易くバランスを崩し、無様にも地面に転がってしまう。

 当たり前の話だが……慣れない姿勢で全力加速を行っている最中に自分の重さを変えたばかりではなく、小さいながらも爆発という外力まで加わった時点で、普通の人間はバランスを保てる筈がない。


「……先生。

 コレは……」


「……分解して、一つ一つ動作を覚えて行こう。

 今日は、それをただ繰り返すんだ」


 見事にひっくり返ったナッツ少年に向け、自称「武の妖精」は少しだけ呆れた様子でそう呟いた。

 尤も、その小さな妖精は内心で「ただ飯を食える時間が増える」などと喜んでいたのだが……生憎と自分が強くなることだけしか見えていないナッツは、新たな師のそんな内心など全く見通せていなかったのである。




「違うっ!

 踏み込みのタイミングが甘いっ!」


「そうじゃないっ!

 今度は爆破のタイミングが違うっ!」


「バランスを崩すなっ!

 それが命取りになるぞっ!」


 ……翌日。

 武の妖精がナッツに課したのは、昨日と同じ特訓だった。

 一日前に散々繰り返した、【聖盾】を使ったクラウチングスタート、軽量を使った踏み込み、爆破による急加速。

 昨日の特訓で各々は上手く扱えるようになったそれら三つを、ただ同時に行うだけの特訓ではあるが……たったのそれだけが非常に難しい。

 【聖盾】の固定が甘ければその場でひっくり返るし、角度を間違えれば上手く踏み込めない。

 【聖盾】の硬度を下げ過ぎると強く踏み出しただけで踏み砕いてしまうし、硬度を上げ過ぎると爆破や軽量に意識が回らない。

 軽量魔術も難しく、タイミングを間違えるとただ発動するだけになるし、強め過ぎるとただでさ軽いナッツの身体は凄まじい勢いで中空へと飛び出すこととなり、拳を突き出すどころではなくなってしまう。

 幸いにも爆破については元々才能がないお蔭か、威力が多少狂ってもナッツ自身を傷つけるほどの威力は出ず……ただ踏み出すのと同時に爆破するタイミングに苦慮するだけでしかなかったが。


「くそっ。

 時間がないってのにっ!」


 またしても大きく転んだ少年は、地面を殴りつけながらそう叫ぶ。

 5日で最強にしてくれる……(ライト)という名の妖精とその契約で始めた特訓は、2日目に入り太陽が高くなったというのにまだ踏み込み一つ仕上がっていない。

 今にも魔王軍が城塞都市ガーディナを攻めて来ていて……年老いた師は必ず戦場に出向き、今にも殺されているかもしれないのだ。

 まだ若いナッツがその現実に焦るのも仕方ないだろう。


「焦るな、弟子よ。

 軍の動きってのはお前が思うよりのんびりしたものだ。

 その決着も、な」


 そんな少年を宥める自称「武の妖精」はこの世界の軍事知識なんて欠片もない癖に、全く後ろめたさを感じさせることなく、堂々とそう嘯く。

 だが、眼前の小さな妖精が長い年月を生き続けたと信じ切っているナッツは、その余裕の態度を目の当たりにしたことで大きく息を吐き出し、少しだけ落ち着くことに成功していた。

 人を騙す最善の方法は百の言葉を飾るよりも、「本当のことを言っている」と信じられる堂々とした態度そのものだという典型だった。




 特訓も3日目に入った段階で、ようやく攻撃へと移っていた。


「……良いか。

 まっすぐ行って右ストレートでぶん殴る、だ。

 他には何も考えなくて構わない」


「……はい、先生」


 右拳をしゅっしゅっと放つ自称「武の妖精」に、ボロボロのナッツは頷いて見せる。

 昨日だけで三百回以上も大地を転がったのだから、ボロボロになるのも無理はない。

 尤も、魔力という便利なモノがあるこの世界……魔術の素養がなく、訓練も中途半端なナッツ少年であろうとも簡単な治癒能力向上くらいは嗜んでおり、少年がボロボロなのはケガの所為というよりは、転んだ所為で服が土まみれ、草木の汁まみれな所為だったのだが。


「気を付けることは三つだけっ!

 まず、全体重を拳に載せることっ!」


「はい、先生っ!」


 そう叫びながら(ライト)という名の妖精が見せたのは、身体ごと前へと踏み込みその勢いで腰溜めに構えた右拳を前へと突き出す形だった。


「これぞ、基礎中の基礎、崩拳(ポンケン)と言うっ!」

 

 鍛えてもいない小さな身体で放たれた、拳法と呼ぶにはあまりにも稚拙なその一撃は、だけどこれ以上なく「体重を拳に載せる」という見本だったのだ。

 実際のところ、本当にこの型が最も効果があるかどうかは疑問だろう。

 だけど、それでも……先生と崇める人に堂々とそう言い切られてしまえば、それを信じてしまうのが弟子というものである。

 

「二つ目に、衝撃の瞬間には軽量魔術を打ち切り、逆に重力魔術を身体を重くすることっ!

 身体中の関節を締め、拳に全体重を乗せるんだっ!」


 だからこそ、ナッツ少年は二つ目のその無茶苦茶なアドバイスについても信じ込んだ。

 現実問題として実現が困難な……凄まじく難度の高い技術を要求されるその技を「長年生きてきた武の妖精が可能と言うのだから出来るのだろう」程度の感覚で可能だと信じ込んだのだ。


「三つ目は、身体強化魔術で拳を強化して握り込むっ!

 速度×体重×握力=破壊力っ!

 これぞ、一撃の法則だっ!」


「はい、先生っ!」


 あまりにも弟子が素直に言うことを聞いてくれるから、だろう。

 (ライト)という名の妖精は調子に乗ってそんな適当な……どこかで聞いたことのあるような法則を騙る。

 尤も、その騙った内容については……握力は兎も角として、理に適っていない訳ではない。

 物理法則に則る以上、エネルギー=質量×速度の二乗という法則からは逃れられないのだから。

 ……だけど。

 この場所は、魔術などという物理法則を無視し得る訳の分からない理論がまかり通る世界である。

 である以上、「軽量化した身体で加速し、衝突の瞬間に質量を増大させる」……そんな物理法則を則っているようでエネルギー法則を完全に無視するという、理不尽なまでの暴挙が通用してしまうのだ。

 だからこそ、適当なことを口先三寸で述べた自称「武の妖精」は、自分がノリで一体何を教えているのか、全く理解していなかったのだった。



2020/10/16 21:38投稿時



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