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第三話



「……お前、才能ないな?」


 「今の実力を見せてくれ」と武の妖精を名乗る何かに言われるがまま、使える全ての技を見せたナッツへの返答は、そんな……少年の胸の奥を抉っている傷口を更に抉る一言だった。

 思わず反論しかけたナッツ少年の機先を制するように手のひらを向けた自称「武の妖精」は、そのまま静かに口を開く。

 

「まず、魔力を練る速度が足りてない。

 お前のは至近距離から魔術を叩き込む系統の武術だろう?

 だからそんなんじゃ、望むタイミングで攻撃が繰り出せない。

 出来ても相手に丸分かりだから、攻撃が当たる訳もない」


「そして、身体能力が足りていない。

 受けも投げも足運びすら、お前の貧弱な身体じゃ十全に使えないだろうな」


「更に、技の練度が足りていないから、技を繰り出すまでに僅かな隙がある。

 基本的に、武術ってのは考えてから動いているようじゃダメなんだ。

 技を選ぶ速度もそうだが……そもそもの基礎が足りてないから話にならないな」


 それが、武の妖精がしたり顔で告げたナッツ少年の総評だった。

 一見だけで師匠と同じことを告げる妖精の言葉を聞いたナッツは、眼前の(ライト)という名の妖精が凄まじい武術の知識と審査眼を持っているのだと……本当に「武の妖精」を名乗るに相応しい存在だと信じ込んでしまう。

 実のところ、僅か前にナッツ自身が師に指摘されたことを思いっきり叫んでいたのだが……生憎と己の無力感を突き付けられていた少年は、その叫びを聞いた自称「武の妖精」が「聞いたままを訳知り顔で、適当に言葉を変えて繰り返している」だなんて思いつきもしなかった。


「で、では、先生。

 自分はどうすれば……」


「お前に、その武術……『魔闘法』だっけか?

 その才能はない、諦めるんだな」


 初対面の相手に真正面から自分の問題を指摘され、動揺を隠せないままそう問いかけたナッツだったが……そんな少年に武の妖精が突き付けたのは師と同じ、絶望的な一言だった。

 絶望を突き付けられ、がっくりと項垂れるナッツに向け、武の妖精は腕を組んで瞼を閉じ……ゆっくりと優しそうな声で話しかける。


「けど、お前は……最強になりたいんだろう?」


「はっ、はいっ、先生っ!

 オレは、師匠を見返したいっ!」


 その言葉に眼を見開いた少年は、涙を流しながら何度も頷く。

 自分が弱いと、才能がないと現実を叩きつけられた挙句、今まで習っていた武術全てを否定され、絶望の淵に立たされた少年は、そんな優し気な妖精の声に縋りつくように感じ入り……気付いた時には、「眼前の妖精の言う通りに鍛練を行えば必ず最強になれる」という確信すら生まれていた。

 ちなみにこの技法……洗脳の手法の一つである。

 宗教団体などが『通過儀礼(イニシエーション)』などという名目で新人の尊厳と思考力を奪い取り、心が折れたところで優しく接し、その人の価値を認める言葉を放つことで教団に盲目的な信者が出来上がる、というやり口そのものだった。

 勿論、長い時間をかけて洗脳するのとは違い、ナッツ少年に対しては即席で感情を揺さぶった程度でしかないのだから、完全に盲目的になっている訳ではない。

 だけど……少なくとも自称「武の妖精」の助言を疑わない程度には、既に脳みそが洗われてしまっている。


「……上手く行くものだな」


 そして、雑誌などで洗脳の手口を理解していた異世界出身の武の妖精は、自らの名前の由来でもある有名な漫画の主人公の、「計算通り」という邪悪な笑みを微かに浮かべて見せるたものの……生憎と涙で滲んだナッツ少年の眼球では、その笑みを見ることは叶わなかったのだった。




「まず、お前は今までの技術を全て捨てろ」


「そんなっ?」


 しばらくして落ち着きを取り戻したナッツが自分の身の上話を終え、ようやく修行が始まる段になり……そこで自称「武の妖精」が少年に突き付けたのは、そんなとんでもない一言だった。

 幾ら未熟であるとは言え、「数年間の努力を捨てろ」というその言葉を受け入れることが出来なかったナッツ少年は慌てて口を挟むものの……それを予想していた妖精は、またしても手を挙げてその反論を制す。


「言いたいことは分かる。

 だが、お前の練度では敵の攻撃を受け流してから反撃する【魔闘法】の型を使いこなすには時間が足りん」


「……くっ」


 ナッツが演武していた【魔闘法】の型は全てが「相手の攻撃をいなす」動きを起点としたものであり……したり顔で(ライト)という名の妖精が言い放った言葉はただの「事実」でしかない。

 だからこそ、ナッツは何も言葉を返すことが出来なかった。

 そこへ付け込むように、武の妖精は言葉を続ける。


「だからこそ、先の先だ。

 先手を取り、一撃必殺で全てを終わらせるっ!

 技なんて、一つのみで十分だっ!」


「そんな、こと……」


 傷の一つどころかタコすらもない、赤子のように綺麗な拳を見せつけて騙る自称「武の妖精」の言葉に、ナッツはやはり反論する言葉を持たなかった。

 不可能だ、出来る訳がない。

 そういう常識的な回答を口にするには、ナッツはまだ若過ぎ……そして、無力感に苛まれている少年にとっては、眼前の妖精が提示したモノはあまりにも魅力的過ぎたのだ。


「そのための技を、お前に伝授しよう。

 そして、お前は無力な雑魚から最強の拳士へと生まれ変わるっ!」


 武の妖精が前のめりになって語る言葉は、ナッツにとっては何もかもが甘い蜜のようだった。

 如何にその言葉に現実味がなかったとしても……真正面から目を見つめ堂々と騙られれば、人間、それを真実だと思い込んでしまうものである。


「オレは、変われる、のか」


 だからこそ、ナッツ少年は知らず知らずの内にそんな言葉を呟いていた。


「変われるさ。

 現に俺様も変われた。

 そう……じゃなくて、最強の一技を身に付ければ、全てが変わるのさっ!」


 そして、それこそは自称「武の妖精」がそのトドメの一言を放つための条件に他ならなかった。

 某漫画で見た決め台詞だった所為で多少とちっていたものの……(ライト)という名の異世界生まれの妖精にとって、この世界の人間は創作にスレておらず、パロディだろうとパクリだろうと素直に受け取ってくれる良いカモでしかなかったのだ。

 


2020/10/15 20:33投稿時


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