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第十一話




「……もう二度とこんな技、使わねぇ」


 治療院のベッドに横たわり、右拳の激痛に顔を歪めながら、ナッツはあの日以来十七度目になるそんな呟きを零していた。

 あの戦い以前から負荷がかかっていたのだろう、ナッツの身体は完全に砕けた右腕の他にも、強引な制動を繰り返した故の筋繊維と関節の炎症が各部に発生し、【爆破】を至近距離で自らに浴びせ続けた結果として、軽度の火傷と内臓の負荷が凄まじく……如何にあの【牙突打】という一撃必殺の技が身体中に負荷をかけていたのかを思い知らされる結果となった。

 とは言え、それらの見えない傷は診断を受けたというだけで……右腕の激痛のお陰でそれらのダメージに意識が向くことはない。

 何しろナッツの右腕は、「通常治癒では再起不能」……診断した医者が、脈拍一つも経たぬ間にそう匙を投げたほどの重傷だったのだ。

 幸いにしてこの世界には治癒魔術という有難い代物があり、この城塞都市ガーディアには聖女様という神に選ばれた文字通りの天才も存在している。

 だから、ナッツの右拳も本当の意味で再起不能という訳ではないし、そもそも当の聖女様が今回の戦闘による重傷者は全員治癒すると断言してくれている。

 それでも痛いものは痛いし……治癒魔法で砕けた骨が皮膚の中の肉を押し分けて元通りに戻そうとするあの感触は二度と味わいたいとは思えないほど「気持ち悪い」のだ。

 尤も……

 

「いてぇ、俺の、俺の脚が……」


「殺せ……いっそ、殺してくれぇ……」


 あの戦いからもう三日は経ったというのに、隣の部屋から聞こえてくる本気の重傷者が放つ死の淵の呻きと比べると、腕一本の犠牲で済んだナッツはまだ余裕がある方だろう。

 彼らは四肢を失うレベルの重傷を負い……聖女の残魔力の問題で『ギリギリ死なない』レベルで留め置くような治療を受けている。

 だからこそ彼らの苦しみは続き……ナッツは隣の重傷者置き場から延々と響くああいう呻きを聞き続ける羽目に陥っていたのだ。

 とは言え、ナッツが【牙突打】を使いたくない理由はそれだけではない。


(……師匠)


 あの戦いで命を落としたウォーナットの葬儀は昨日行われた、らしい。

 重傷を負ってベッドから出ることすら叶わないナッツは師の葬儀にすら出られず……尤も、怪我を負っていなかったところで、事情があったとは言え一度は破門を受けたナッツが葬儀に呼ばれたかは微妙なところだったのだろう。

 そんな訳で、ナッツは師の葬儀に出られなかった理由を完全に破壊された右腕と【牙突打】の所為だと八つ当たりをしている……いや、恩師が亡くなった悲しみから逃避しているのである。

 しかしながら、そんな繊細なナッツの心境など同居人が理解出来る訳もなく。


「はっはっは。

 そういうなよナッツ。

 命があるだけマシってもんだ」


「……王子。

 そうは言いますけどね……」


 右腕に向けてぼやくナッツに向け、隣のベッドからそう笑いかけてきたのは光の勇者であり、先の戦いで腹に大穴を開けられたカシュー王子その人だった。

 殊勲賞か敢闘賞か……その理由は分からないものの、一般市民でしかないナッツは何故か畏れ多くも王子様と同室に放り込まれている。

 その上、カシュー王子は妙に馴れ馴れしく話しかけてくるものだから、目上の人に対する言葉遣いすら覚束ないナッツとしては、受け答えの度に気を使い続ける必要があり、気を休める暇がない。

 かと言って、雑魚寝状態で怪我人が放り込まれている……まるで「地獄の底で亡者たちが呻き続けている」ような隣の部屋への移動はナッツとしても真っ平御免であり……ましてや、自国の王子様に出て行けなんて言える訳もない。

 己の与り知らぬところで『一撃必殺の英雄』なんて呼ばれ始めている少年は、隣の勇者様にバレないように溜息を一つ吐きだした。


「で、そろそろ考え直してくれたかい?」


「ですから、オレ……自分は一介の行商人の息子なもので。

 騎士なんてなれる訳が……」


 隣のベッドに寝込む王子様からの提案……通算七度、本日二回目の提案に、ナッツは今までと同じように首を横に振る。

 ……そう。

 たとえ一つの技しか使えず、運よく不意を突いただけだっただとしても……魔王軍六魔将を一撃で屠ったナッツを、周囲が放っておく筈もない。

 幸いにして同室の勇者様が気を利かせてくれたお蔭で、闇の屍操術師ブラデッドを討ったのはウォーナット老師だということになり、街ではそういう噂が流れていて、老師は街を救った英雄として盛大に弔われたらしい。

 そのお蔭で恩のあった【魔闘術】は没落を免れたし、出世なんかに興味のないナッツとしても有難く……それこそがナッツが同室の王子様を邪険にし切れない理由の一つでもあった。

 尤も、そうやって世論は誤魔化せたとしても、国の上層部や貴族など……情報に長けた者たちへ嘘が通じる筈もない。


「しかし、このままじゃお前……ヤバいぞ。

 さっき伝令が来たんだがな?」


「……え、っぐつぁっ?」


 今まで親しげにスカウトしてきていた勇者の不穏な言葉に、ナッツは慌てて上体を起こしかけ……右腕に力を込めてしまい激痛に唸る。

 そんなナッツの様子に肩を軽く竦めて同じく腹に走った激痛に涙を浮かべながらも、カシュー王子は言葉を続ける。


「まず、第一王子がお前を召し抱えたいと言っているらしい。

 この提案に乗ると……騎士号と共に、男爵家の御令嬢との婚姻が待っている」


「……は?」


「ちなみに御相手は二十七歳バツ2らしいな。

 二度も夫を追い出した苛烈な御令嬢だが……まぁ、兄としては庶民を貴族にしてやるんだから喜べ、という感じかな?」


 そこまで聞いたナッツは全力で首を左右に振ってそれ以上の情報をシャットアウトすることにした。

 ただの行商人の息子でしかない彼が騎士になるってだけでも畏れ多くて近づきたくもない事案なのに、それに加えてあまり円満な夫婦生活を築けそうにない貴族の御令嬢まで付いてくるなんて、一体どれほど出来の悪い冗談だという話である。


「あと、ここ……ガーディア領主もお前のスカウトに乗り気だ。

 七歳の御令嬢との婚姻を考えているらしい。

 領地の一部を割譲するつもりもあるらしい」


「……何ですか、それは」


 繰り返すが、ナッツの親はただの行商人である。

 運良く商売が成功し、このガーディアの市民権を購入することは出来たものの……その地位は都市内では中の下というところでしかなく、そんな父親でさえ領主様と話をしたことすらない。

 ナッツの感覚では「師匠を救うため仕方なく骸骨を一発ぶん殴った」だけでしかなく……それが何故こんな大きな話になっているのかと頭を抱えたい気分でいっぱいだった。

 いや、右腕が大破していなければ、間違いなく頭を抱えていたことだろう。


「だから、俺の従者になれって、ナッツ。

 何しろ王位継承からも外された貧乏王子だぜ、俺は。

 御令嬢とも騎士号とも御令嬢とも無縁でいられる。

 ま、与えられるほどの領地もなければ、権限もなくて俺の一存じゃ叙爵すらも出来ないんだがな、はっはっはっ」


 言っている言葉は情けないものの、全く意に介した様子もなく笑うカシュー王子の、その正直な言葉を聞いて、むしろナッツは好感を覚えた。

 隣の王子様はこの新たな従者候補に対し、他の競争相手よりも不利な待遇を提示しているのだが……ナッツにしてみればそれは逆に「要らないモノが付いて来ない理想的な待遇」と言えたのだ。

 ついでに言うと、自分の住んでいる都市の領主が動いている時点で全て断るという選択は取れない。

 何しろ領主様の勧誘を断った時点でナッツはおろか父親の市民権がどうなるか非常に怪しく……それでも第一王子の口利きによって中央貴族となる、もしくは第三王子に従って勇者の従者となるのであれば、流石のガーディア領主だろうと手出しは出来やしないだろう。

 要するに……一市民としての生きたいというナッツの望みは、もう既に断たれているのだ。

 この状況から出来るのは、希望を大声でわめき散らすことではなく、損切りを如何に上手くするか……即ち「被害をどれだけ少なくするか」という一点に尽きる。

 そんな少年の心境を見透かしているらしきカシュー王子は、満面の笑みを浮かべながら若き英雄の方へと手を伸ばしてくる。


「……ちく、しょう。

 でも、オレ……自分は二度とあの技は使いませんからね」


 ナッツはそう吐き捨てながらも光の勇者が差し出したその手を握り……第三王子の従者としての道を歩み始めたのだった。


2020/10/24 07:54投稿時


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