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第八話 リーナの想い 前半(リーナ視点)

 私があの人に出会ったのは、八歳の時でした。

 あの頃の私は、護衛の方の苦労も分からず、色々と迷惑を掛けてしまう女の子でした。

 そして、その結果――迷子になってしまったのです。

 自業自得と言われてしまえばそれまでなのですが、とても不安になったのを今でも覚えています。

 悪い人に襲われたらどうしよう……帰れなくなったらどうしよう……そんな不安で、泣いてしまいました。

 

 そんな時です。あの人――ライトさんと出会ったのは。


「大丈夫?」

 ライトさんは、そう言って私に近寄ってきました。

 ただ、その時の私は、極度の不安で怯えてしまったのです。

「やッ……」と言って怯える私に、ライトさんは、困ったような笑みを浮かべました。

 そして――仰向けに寝転がって、私の方を見てきたのです。

「……な、何をしているの?」

 恐る恐る尋ねた私に、ライトさんは、こう言いました。

「いや、君が怖がっているみたいだから、怖い人じゃないよ~ってアピールしようと思って……変かな?」と。

 それを聞いた私は、数秒間固まった後――笑いました。正確に言うと、泣き笑いでしょうか。

 もちろん、馬鹿にしたわけではありません。ライトさんの優しさに触れて、嬉しくて笑ったのです。

 普通、誘拐しようとする人は、あまり時間を掛けないと思います。当時の私でも、何となく分かりました。だから、ライトさんが誘拐犯ではないというのも、何となく分かりました。そして、ライトさんの取った行動……迷子になっている女の子のために、背中を土で汚してくれる人が悪い人ではないと、当時、感じたのです。今となっては、そういう行為をしてでも悪いことをしようとする人が、ゼロではないと分かりますが、当時は、「この人は悪い人じゃない」と思いました。そして、結果論ですが、それは正解でした。

 ライトさんは、泣きながら笑う私を見て、ホッとしたような笑みを浮かべていました。それは、小さかった私にとって、とても優しい笑顔だったのを覚えています。

 それから、私が泣き止むのを待って、ライトさんは、一緒に護衛の方たちを探してくれました。私の手を握ってくれたライトさんの手……とても暖かったです。

 そうして街を歩いていると、ついに護衛の人たちを見つけることが出来ました。

 向こうはまだ気が付いていないようでしたが、大広間でしたので、護衛の方がこちらを見つけるのは時間の問題でした。なので私は、ライトさんにお礼を言おうと思ったのです。護衛の方が来てからでは、すぐに家に連れ戻され、ライトさんにお礼を言う時間すらないでしょう。小さいながらにそれを理解していた私は、ライトさんにお礼を言いました。

 そして――何か、願いがないか、尋ねたのです。

 幸い、私のお父さんは、侯爵位を賜っています。

 え?お父さんのことを、お父様って呼ばないのか、ですか?

 えっとですね、我が家は両親のことを、「お父さん」「お母さん」と呼んでいます。私がお父様と呼ぼうとすると、「様なんてつけないでくれぇッ!何か、娘が離れていく気がするからぁッ!」と言われてしまうのです。どうも、他人行儀な呼び方に聞こえてしまうようで……、お母さんの方も、お父さんに「様」をつけないならと、「お母さん」と呼んでいます。もちろん、社交パーティーでは「様」を付けていましたよ?だけど、家ではいつも「さん」と呼んでいました。

 あ、話が逸れてしまいましたね。とにかく、お父さんが侯爵だったので、ライトさんが願うこと、大抵のことなら叶えることが出来ると思ったのです。報奨金でも家でも、ライトさんが望むなら、一生懸命、お父さんに頼むつもりでした。


 ――だけど、ライトさんの願いは、そのどれでもありませんでした。


「これから先、君は色々な経験をすると思う。楽しいことや、嬉しいこともあると思う。だけど、悲しいことや辛いこともあると思うんだ。それは、もしかしたら、君を苦しめるかも知れない。だけど――」


 突然そんなことを言われて、私は困惑してしまいました。ライトさんが何を言おうとしているのか、分からなかったからです。


 「――これから先も、優しい気持ちを忘れないでほしい。人を傷付けることの痛みを……そして、傷付けられる人の痛みを想ってほしい。……これが、俺のお願いだよ」

 ライトさんのお願いを聞いた私は、「そんなことで良いの?」と思いました。実際、口に出した記憶もあります。当時の私には、それがどれだけ大変なことなのか分かっていなかったのです。貴族社会の中で、優しい気持ちを――相手を思いやる気持ちを持ち続けるのが、どれだけ大変かを……私は、理解していませんでした。

 

 ただ、当時の私でも、一つだけ分かったことがあります。

 それは――ライトさんの想いです。

 願い事を口にするライトさんは――とても辛そうでした。とても……悲しそうでした。そして、とても――真剣でした。


「そうだよ。それが俺のお願いだ。そして、最後にこれだけは覚えておいてほしい。君が困っている時、君が悲しい時、君を想っている人は必ずいる。君は――一人じゃない。それを覚えておいてほしい」

 そう言って、ライトさんの願い事は終わりました。そして最後まで、ライトさんは真剣な表情を浮かべていました。

 私はそんなライトさんの願いを、全力で叶えたいと思ったのです。子供の私には、ライトさんの真意が分からなかったけれど、真剣に応えたいと思ったのです。

 当時の私は、護衛の人の苦労も分からない子供でした。だけど、人を想う気持ちを忘れないようにしたいと……心に思ったのでした。

 

 そして、最後に分かれる時、私たちは名前を教え合いました。お互いのことを、忘れないように……。


 そうして私の中に、ライトさんの名前が刻まれたのです。


 それからの私は、自分なりにライトさんの言葉を実践してきました。ライトさんと別れてから、護衛の方に謝罪したのを始めとして、たくさんのことを実践してきました。そして、徐々に実感することになりました。優しい気持ちを忘れないことの――難しさを……。

 貴族の世界は、正直に言って色々とあります。相手が弱みを見せると、ここぞとばかりに醜聞をまき散らそうとする方もいらっしゃいます。私も、その標的になったこともありました。数度しか会話をしたことのない貴族の男性と噂され、不貞を疑われたことすらあります。当時の私は、第二王子と婚約をしておりました。だから、他の男性と恋に落ちることなど、許されなかったのです。ちなみにですが、第二王子とは、今までに二度ほどしかお会いしたことがありません。初めてお会いした時と、学園に入ってからです。


 初めてお会いしたのは、私が九歳の頃でした。陛下より、私を直接、名指しで指名されて婚約者となったのです。理由は今でも分かりません。多分、政治的な何かが理由なのでしょうが、それも今となっては分からないことです。

 その時に王子から掛けられた言葉は、「お前みたいなチビ、俺の嫁に相応しくない!」でした。

 二回目にお会いしたのは、学園に入学した時のことです。婚約者となって数年の間、私は王子と会うことが出来ませんでした。王子が拒否していたからです。だからせめて、学園に入学した時に、その理由をお聞きしようと思いました。

 そうして、お会いした時に言われたのは……「お前もこの学園に来ていたのかッ!俺は、この学校で、自分に相応しい婚約者を見つけるつもりだ!お前は俺に話し掛けるなッ!」でした。

 正直、腹が立ちました。その……ほっぺを、ムニムニとしてやろうかと思いました。それほど私は怒っていたのです!

 ただ、両親や領民の方々のことを考えて、それは止めました。私が原因で王家との関係が悪くなっては、申し訳ないと思ったのです。

 そして、腹が立つだけではなく、他にも落ち込んだりしたこともありました。あ、別に、ライトさんが悪いわけではないですよ?私だって、出来れば優しい人でありたいし、人を思いやる心を持ち続けたいですから……。

 ただ、そんな風に落ち込む日もあったのは事実です。

 そんな時、私はいつも、あの言葉を思い出すようにしていました。

 

 そう――ライトさんの、あの言葉です。


「――君が困っている時、君が悲しい時、君を想っている人は必ずいる。君は――一人じゃない。それを覚えておいてほしい」


 あの言葉を思い出すと、いつも傍に誰かが居てくれる気がして、とても元気になりました。

 ふふ、不思議ですよね?でも、本当に元気になるんです。もう一度、頑張ってみようっていう気になるんです。

 

 えっと、話を戻しますね。

 そんな風に、自分なりに頑張っていた私ですが、学園に入学してから、突然の違和感に襲われることがありました。自分が自分でなくなるような……そんな感覚です。いきなり、「ソフィさんをイジメないと!」という強迫観念のようなものが頭の中に湧きあがり、私の身体を動かそうとするのです。 

 私も必死に抵抗したのですが、結局は、ソフィさんに近寄り、その……酷いことをしてしまいました。

 どれだけ止めようと思っても、身体が言う事を聞いてくれない……それは、恐怖でした。

 誰かに打ち明けようとすると声が出せなくなり、相談すら出来ませんでした。

 

 そんな状態が、数か月の間、続きました。


 そして――突然、終わりを迎えたのです。


「リーナ!お前との婚約は破棄する!」

 ある日、学園の集会で、突然、王子から婚約破棄を告げられました。

 事態が呑み込めず、ポカンとしてしまった私に、王子からの追い打ちは続きます。

「お前がソフィをイジメていたのは分かっている!お前は、俺の嫁に相応しくないッ!」

 王子のその言葉を聞いた瞬間、私は理解してしまいました。

 

 ああ……私は、やっぱり、ソフィさんに酷いことをしていたんだと……。


 そうと分かれば、王子の言うことに、反論する気など起こりませんでした。

 何かおかしいとは感じましたが、全ては終わったことだと思いました。

 私は、屋敷に戻り、謹慎をすることになったのです。

 そして、ことはそれだけに収まりませんでした。

 両親は、領地に戻り、領地の運営をしています。屋敷には、私と使用人の人たちしかいませんでした。

 そんな私たちの元に、王子の使者が訪ねてきたのです。

「リーナ様、貴方は只今をもって、貴族位を剥奪されます。また、貴方には、追放処分が言い渡されました。本日、夕刻には王都より出て行ってもらいます」

 いきなりの展開に、私は理解が追い付きませんでした。

 ……追放?……貴族では、なくなる?

 不安で不安で堪りません。使用人の人たちも、一生懸命、抵抗してくれましたが、既に私の追放は決まったとのことで、取りつく島もありませんでした。

 私は、最低限の荷物と、多少のお金を持っていくことだけを許されて、王都を放り出されたのです。


 王都を追放された私は、ひたすら歩きました。目的地は決まっていません。両親の元へ行こうかとも考えたのですが、私が帰っては迷惑を掛けることになると、思い留まりました。

 両親に別れの挨拶も出来なかったのは、心残りではありますが……私には、もう一つ、心に残っていることがありました。

 それは、ソフィさんのことです。私はソフィさんに、まだ謝罪が出来ていません。だから、せめて一言、謝罪がしたかったのですが……それも、もう叶わないでしょう。そう思っていました。


 王都を追放されてから、私は、いくつかの村を訪れました。仕事を見つけようと思ったのです。ただ……思うようにはいきませんでした。当たり前と言えば、当たり前の話なのです。村は、そんなに規模が大きくありません。当然、王都に比べれば人の数も少ないのです。必然的に、お店の規模も小さくなります。そして、雇う人の数も……。そんなわけで、いきなり雇ってくださいと言っても、雇ってもらえるわけがありませんでした。

 

 ただ、その時の私は、まだ何とかなると思っていました。いえ、信じたかったというのが正しいのかも知れません。

 その村で雇ってもらえないことが分かると、私は次の村に行きました。それを、何回か繰り返したのです。

 そして結果は――駄目でした。


 お金は少しずつ減っていき、だけど、仕事は見つからない。え?森の果物とかは食べないのか、ですか?森の中の果物は、毒の混じっているものがあると聞いたことがあります。私は果物については詳しくなかったので、区別がつかないのです。もしも、毒の入った果物を食べてしまったら……そう思うと、手を付けることが出来ませんでした。

 ふふ、おかしいですよね?貴族ではなくなり、追放されても……私は、生きていたいと思ったのです。貴族の方によっては、「こんな恥をさらすくらいなら、死んだほうがマシだ」と仰られる方もいらっしゃるでしょう。ただ、私は……まだ生きていたかったのです。


 追放されて、仕事も見つけられず、落ち込むこともありました。ただ、そんな時、ふと脳裏に浮かぶことがあったのです。


 ――誰かが、私を想ってくれている……。

 

 そう思うと、不思議と元気が湧いてきました。

 頭の中に、両親の顔や、私を心配してくれた使用人の人たちの顔が浮かんできました。

 たくさんの人が、私を想ってくれている――それが、私に「生きたい」と思わせてくれました。


 ただ、普段から鍛えていなかった私の身体では、限界が来るのは、そう遠くはありませんでした。

 徐々に疲労が溜まり、思うように身体が動かせなくなりました。次の村に行くにも、力が入らず、そして遂に……倒れてしまいました。

 身体中に擦り傷ができ、痛みが走りますが、それも徐々に気にならなくなっていきます。実は、数日の間、何も食べていなかったのです。それがいけなかったのかも知れませんね……。体力も尽きて、身体の力が徐々に抜けていくのが分かります。

 ああ、私、死ぬんだ……そんなことが、漠然と、頭の中に浮かんできます。


 両親の顔、使用人の人たちの顔、護衛の人たちの顔、領民の人たちの顔、私と親しくしてくださった街の人たちの顔、それらが、次々と浮かんできます。

 ソフィさんの顔も浮かんできました。ただ、少しおかしいんです。私は、ソフィさんをイジメていたので、ソフィさんは、辛い表情を浮かべていたはずです。だから、私が知るソフィさんの表情は、そういうものである筈なのです。だけど、浮かんできたソフィさんの表情は、全く違いました。ソフィさんは、笑っていたのです。嘲るような笑いではありません。困ったような笑み、穏やかな笑み、嬉しそうな笑み……そんな表情が、私の頭の中に、浮かんできます。

 もしかしたら、死ぬ間際の私が、そうであってほしいと願っただけかも知れません。ただ、ソフィさんがこれからの人生を、笑顔で過ごすことが出来たらと、心から願いました。


 そんな私ですが、気を失う直前、もう一人、頭の中に浮かんだ人がいます。


 ――ライトさんです。


 王子と婚約してから、私は、ライトさんの顔を思い出さないように努力していました。婚約者がいるのに、他の男性を思い浮かべるのは、失礼な気がしたからです。もちろん、ライトさんの言葉を忘れることはありません。ただ、顔を思い浮かべそうになると、頭をブンブンと振って、ライトさんの顔を思い出さないようにしていました。


 ……だけど、もう良いですよね?最後くらい、ライトさんのことを考えても……良いですよね?

 

 ライトさんの、困った表情、優しい笑み、そして、真剣な表情が、次々と思い浮かびます。


 ――ああ、出来ることなら、もう一度、ライトさんと……。


 ライトさんの姿を思い浮かべながら、私は、気を失ったのでした。

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