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第七話 告白

 ……どうしよう。


 俺が、リーナの名前を知っていることがバレてしまった。というか、自分でバラしてしまった。

 本当は、リーナが完全に落ち着いた後に色々と説明をするつもりだった。なるべく怖がらせないように、不安にさせないように……。

「え、え……どういうこと?何で……」

 戸惑うリーナを見て、俺は自分の失敗を確信した。

 可愛い女の子を自宅に連れて帰った男。しかも、その男は自分の名前を知っている。

 ――追放された、侯爵令嬢の名前を……。

 怪しいこと、この上ない。

 もしも自分がリーナの立場だったら警戒をするだろう。

 そう思い、リーナの顔を見る。


 俺の目の前で、ベッドに座るリーナ。

 そのリーナの表情は、恐怖と不安に染まって――


「えっと……何か理由があるんですよね?」


 ――いなかった。


 ふにゃっとした笑み……ああ、癒される……って、そうじゃない!


「あ、怪しいと思わないのか?この状況、俺なら怪しいと思うんだが……」

 ああ、俺の馬鹿!何で、そんなことを言うんだよ!?

 そう思うが、聞かずにはいられなかった。

「え、だって……うん、お兄さんは、私のこと心配して下さっているのですよね?お兄さんの表情を見れば分かります」

「……は?ど、どういうことだ?」

「えっと……とても辛そうな顔をしていますよ?」

「ッ!?……そんなにか?」

「はい。それでですね、私、守っていることがあるんです」

 急にそんなことを口にするリーナ。

 ちょっとだけ誇らしげに、ムンッと胸を張って、口を開く。

「昔、ある人と約束をしたんです。相手の痛みが分かる人になるって……。確かに、私の名前を知っていたり、おかしいなって思うことはあります。だけど、お兄さんの辛そうな顔を見て、お兄さんは私に怯えられるのが怖いんだなって分かったんです。だから、私はお兄さんが悪い人じゃないと信じたいです。あ、言っておきますけど、流石に、本当の悪人さんは分かりますよ?えへへ……」

 最後は、恥ずかしそうに、照れたように笑うリーナ。


 俺は、涙が出そうだった。

 嬉しさと――情けなさで……。

 元々、リーナは侯爵令嬢だ。色々な貴族たちとの交流の中で、様々な感情をぶつけられたことだろう。尊敬や憧れもあっただろうが、憎しみや嫉妬、そして、甘い汁を吸おうと近寄ってきた連中もいる筈だ。そんな中で、リーナは生きてきた。だから、感情には敏感なはずだ。きっと、今だって不安な気持ちはあるだろう。だけど、それを隠して微笑んでいるんだ。俺を気遣って……。俺の辛さ――痛みを想って……。


 ……俺って、駄目な男だな。年下の女の子に、ここまで気遣わせて……。


「あの、さ。俺の話、聞いてくれるか?」

「……はい、もちろんです」

「とても信じられないかもしれないけれど……聞いてくれるか?」

「……はい。お兄さんのお話、聞かせてください」

 俺は――全てを話そうと思った。その結果、変な人に思われても仕方がない。ただ、これほど俺を気遣ってくれるリーナに、嘘を吐くことなんて出来ない。本当は、少しぼかして説明をするつもりだったのだが、俺は、この世界のことも含めた、「全て」を話すことにした。


「実は――」

 そうして、俺はリーナに語った。リーナの横に座り、リーナの目を見て、ゆっくりと話し始めた。

 俺が転生者であることから始まり、ここが自分にとって異世界であること、そして、この世界はゲームによく似た世界であることも話した。

 ゲームについては、あまり分からなかったようなので、本の物語の中でいくつも選択肢があり、それを選ぶことで物語が変化するものとして教えた。この世界にはたくさんの本があるので、それで大体のところは理解してもらえたようだ。

「あ、だから私の名前を知っていたんですね。そのゲームに、私も登場するんですよね?」

「ああ、そうだよ……」

「どういう役割なんですか?」

「ッ!そ、それは……」

 俺は、思わず言い淀んでしまう。全てを話そうと思ったのに、これだけは言う勇気がない。

 言葉に詰まり、下を向いてしまう。

「全部話してください。私、全部、受け止めますから……」

 ギュッ……

「あ……」

 そんな時だ……。

 リーナの柔らかく小さな手が、俺の手を握ってきた。ふと、リーナを見ると、優しい笑みを浮かべていた。

 全てを説明するためには、リーナが悪役令嬢だったことも言わなければいけない。

 俺は――覚悟を決めた。リーナの気持ちが、俺の心を押してくれた。俺より早く、リーナは覚悟を決めていたようだ。追放されている現状では、自分の役割がロクなものではないのを理解しているのだろう。リーナが覚悟を決めているのに、俺が覚悟を決めないでどうする!

「リーナ……あのな、その、リーナは――」

「はい」

「――悪役令嬢……なんだ」

「……悪役、ですか?」

「そうだ」

 俺は語った。リーナが悪役令嬢であること、そして、八歳の時に「あること」がキッカケで変わってしまうこと、幸せを奪われることを極度に恐れたリーナが、ソフィを排除しようと様々なことをしたこと。そして――追放されることを。


「そ、そうだったんですね……」

「……大丈夫か?」

 リーナの顔を見ると、少し青ざめているのが分かる。俺は、せめてもの励ましとして、握られている手をギュッと握り返した。

「あ……」

「ごめんな。辛い話をしてしまって」

「い、いえ、大丈夫です。それより、ちょっとお聞きしても良いですか?」

「ああ」

「私、ここ半年の間、自分の思ってもいないような行動をしようとする時があったんです。ある時間になると、『ソフィさんをイジメないと!』っていう思いに駆られて、必死に我慢しようとするんですけれど、どうしても抗えなくて……本当に、ソフィさんには酷いことをしてしまいました……」

 そう言って、自分のしたことを告白していく。

 登校を邪魔しようと、立ち塞がって妨害したこと。似顔絵を描いた紙を教科書に貼って、教科書を見にくいようにしたこと。倒そうと抱き着いたけれど、怪我をさせたら申し訳ないからと力を抜いたら、逆に優しく転ばされたことなど、ソフィから聞いていたことを全部話してくれた。

「全部、私がしてしまったことなんですが……あれって、ゲームが関係しているのでしょうか?」

「……それは、分からないんだ。ただ、全ての事実を繋ぎ合わせると、その可能性が高い。普通、それくらいだと、退学……は、学校によって違うかも知れないけれど、追放は有り得ないよ」

「そ、そうなんですね」

「そうだよ。それで、俺は一つの可能性を考えているんだ」

「可能性、ですか?」

 ここで、俺は、自分の考えをリーナに話した。この世界には、強制力のようなものが働いていて、それが登場人物たちや、周辺の人物に影響を与えていた可能性があること、そして、転生者には強制力が効かないことなど、順序立てて説明していく。

「――というわけでだ。リーナが、そういう衝動に駆られたのも、行動を起こしてしまったのも、強制力が原因なんだと思うよ」

「確かに、そう言われると、私の行動だけでなく、周囲の方々の行動も納得できます。でも……」

「……どうした?」

「……私が、ソフィさんに酷いことをしたのは変わりないですから。ソフィさんは、きっと傷付いていると思います……」

「……あ!」

「ッ!ど、どうしたんですか!?」

 俺の大声に、ビクっとしたリーナ。

 そう言えば、ソフィのこと、何も話していなかった!ゲームの説明と、リーナの役割について説明したけれど、ソフィのこと何も話していなかったよ!

「す、すまない。実は、もう一つ、言わないといけない話があるんだ……」

「あ、はい……」

 落ち込んでいるリーナに、俺は、おずおずと話し掛ける。

「その、ソフィのことなんだが……」

「ソフィさん、ですか……?」

「ああ。実は、な、ソフィは――俺の妹なんだ」

「…………ふぇ?」

 俺の告白を聞いて、ポカーンとするリーナ。

 俺は、そんなリーナに、更に説明をしていく。

「あ、妹って言っても前世の話な。ソフィは、前世の妹で、俺と同じ転生者なんだよ。もちろん、リーナが悪役令嬢だっていうのも知っている。それで、な。実は、ソフィには、リーナを見守ってくれるようにお願いしていたんだ。定期的に連絡も貰ってた……」

「……」

 固まっているリーナ。そりゃ、固まるよな。イジメていたと思っていた相手が、目の前の男の、前世の妹とか、どんな状況なんだよって話だ。

 このままだと、いきなり土下座をしそうな雰囲気だったので、俺は、すぐに話しを続ける。

「それでだ。リーナは、ソフィが傷付いているって思ったんだよな?」

「……あ!は、はい!」

 正気に戻ったリーナが、慌てて返事をしてくる。

「そうか……良いか?ここ、とっても重要だから、良く聞いてくれよ?」

「は、はい……」

 ゴクリと唾を飲み込むリーナ。

「ソフィなんだが……」

「はい……」

「逆に、メチャクチャ喜んでいたぞ?」

「は……はい?」

 予想通り、目が点になった。よし、一気に畳みかけるぞ!

「せっかくだから、ソフィに直接聞いてみてくれ」

「え、え、え、あの……?」

 リーナが困惑している間に、俺は通話魔法を発動させる。今の感覚だと、後、数分は大丈夫だろう。

 起動させて数秒で、ソフィが出た。

『あれ、どうしたの?』

 不思議そうなソフィの顔が、モニターに映る。

「え!?ソ、ソフィさん!?」

『ん?リーナの声が聞こえたような……』

 横で驚いていたリーナの声に、ソフィが反応する。

「ああ、そうだよ。実は、リーナが起きたんだ。それで、ソフィと話をしてもらおうと思ってな。数分しか時間がないが、繋がせてもらったんだ」

『マジで!?お兄ちゃん、ナイスッ!リーナ、聞こえるぅッ!?』

「は、はい!聞こえます!」

 俺は、リーナの方に、モニターの角度を変えてやった。これで、二人はお互いの顔を見れるはずだ。

「おー!リーナだッ!」

「あ、あの、ソフィさん。私、ソフィさんに『ごめん!』……え?」

 リーナは、謝ろうとしたんだろう。だけど、その途中でソフィの方が謝った。

『お兄ちゃんに、色々と聞いたんだよね?ごめんね、私、リーナに色々と黙ってた』

「そ、そんな、私の方こそ、すみませんでした。私、ソフィさんに酷いことをしてしまいました」

『へ?酷いこと……?……もしかして、通せんぼとか、似顔絵とかの話?』

「は、はい……」

『いやいや、あれは、私のとってはご褒美だったよ!』

「……ご、ご褒美?」

『うん!私の方からだと、リーナの方に近づけなかったからね。リーナが来てくれたおかげで、リーナの可愛い姿を近くで見ることが出来たんだよね!』

「え、あの……」

『可愛い姿を拝ませてくれるとか、似顔絵をプレゼントしてくれるとか、あまつさえ、私に抱き着いてくれるなんて、ご褒美以外の何物でもないでしょッ!ああ、リーナ可愛い!リーナ萌える!リーナペロペロしたいッ!』

 ソフィによる、怒涛の攻勢に、リーナは口を挟む隙すら与えられない。

 ナイスだ妹よ!そのまま、リーナの不安を一掃してくれ!後、ペロペロについては、後日、問い質したいと思う。

『あ、もうすぐ魔法が切れる時間だね!リーナのさっきの謝罪、受け入れるね!強制力のせいだから、リーナは悪くないと思うんだけど、その方がリーナも安心するでしょ?とにかく、リーナ、私が言いたいのはね?私が、リーナを大好きっていうこと。それだけは忘れないでよ?それじゃあ、おやすみ~♪』

「あ、お、おやすみなさい」

「ありがとな、おやすみ」

 ここで、通信を切った。ふぅ、ギリギリだったな。

 ソフィの怒涛の攻勢を横で見ていた俺は、リーナに視線を向ける。

 リーナは……あ、顔が真っ赤だ。

 見ると、リーナは目尻に涙を溜めて震えていた。

「……お兄さん」

「……うん」

「私、ソフィさんに許してもらえたみたいです」

「そうだな。そもそも、ソフィは全く怒っていなかったからな。それに、強制力に逆らったリーナは凄いと思うよ。他の人たちは、そのまま行動していたみたいだから、きっとリーナの『人を傷付けたくない』っていう気持ちが、強制力に抗ったんだろうな」

「それに……私のこと、好きって言ってくれたんです」

「うん。ソフィは、リーナのこと、大好きだからな」

「はい……私、私……」

 言葉にならないようだ。涙ぐんで下を向くリーナ。

 俺は、リーナが落ち着くまで、手を握って見守ったのだった。


「……落ち着いたか?」

「は、はい、ありがとうございます」

 しばらくして、ようやく落ち着いてきたリーナ。

 これなら、これからのことを話しても大丈夫そうだ。

「さて、これでソフィが怒っていないというのは、分かってもらえたと思うんだが――この後は、どうする?」

「この後……?」

「そうだよ。リーナは、その、言いにくいんだが、平民になったんだよな?」

「あ、そ、そうです。私、平民になりました」

「なら、これから先、平民として生活をすることになるんだが……当てとかは、あるのか?」

 一応、確認をしておく。そこに向かう途中だったら困るからだ。それならそれで、そこに向かう手助けをするつもりだった。だけど、やはり俺の予想通り、当てはないようだった。

「そ、その……ない……です」

 その事実を思い出し、ポツリと呟くリーナ。

 俺は、そんなリーナに自分の思いを伝える。

「そうか……あの、な。リーナに提案があるんだが……」

「……お兄さん?」

「その……リーナが良かったら、俺のお店で働かないか?道具屋なんだが……」

「ッ!い、良いんですかッ!?」

 驚いた表情になるリーナ。

「ああ、俺は一人でお店をやっていてな。両親から独立して始めたんだが、一人だと不都合な時も多くてさ。それで、お手伝いさんが欲しかったんだ」

「あ、ありがとうございます!一生懸命働きます!」

 良かった。リーナも働く気になっているようだ。

「いやいや、お礼を言われることなんてないよ。こっちも助かるしな。それじゃあ、明日から頼むよ」

「はい!よろしくお願いします!」

「ああ、それじゃあ……」

 俺は、そう言って席を立とうとした。

 まずはゆっくり寝て、明日の朝、これからのことを考えようと思った。


「……あ、そう言えば」

 そんな時、リーナが思い出したかのように、ポツリと呟いた。

「ん?どうした?」

 俺は、その呟きが気になり、座り直す。

「いえ、あの……さっきのお話で、私が小さい時のことが出たじゃないですか?」

「ああ、出たな」

「その時、私が大人の男の人に、その……そういうことをされるって聞いたんですけれど、私、されていないんです。その時に出会ったのは、私より少し年上のお兄さんで……どういうことなんでしょうか……」


 ――そう言えば、言っていなかった。


 いや、言い訳をさせてくれ。その辺を説明している時は、如何にリーナを傷付けないようにするかを考えて話をしていたんだ。だから、その辺の――ゲームの話ではない、こっちの世界の話について言及をするのを忘れていたんだ。


「ああ、それはな……」

「え!お、お兄さん、知っているんですか?」

 驚いた様子で尋ねてくるリーナ。リーナとしては、自分の疑問が口に出ただけで、俺が答えられるとは思っていなかったのかも知れない。

「ああ、知っているよ。あのな、驚かないで聞いて欲しい。実はな――リーナが出会ったのは、俺なんだ」

「…………」

 あ、固まった。

 俺は、少しの間、リーナを見守った。

 すると、徐々にリーナが正気に戻って来て――。

「ええぇぇぇぇぇッ!?」

 この日、一番の大声を上げた。

 いやぁ、驚くよなぁ。

 だって、俺――めちゃくちゃ外見が変わったもん。

 正確に言うと、ポッチャリさんになった。太っているわけではない!ポッチャリさんだッ!

「あ、あの、え、え……お兄さんが……ライトお兄ちゃん……?」

「そうだよ。外見が変わりすぎて驚いただろ?」

「え?いえ、そこに驚いているわけじゃなくて……」

 あれ、違うのか?

「その、こんな奇跡のような偶然ってあるのかなって……あって良いのかなって……そう思ったんです」

 ……?

「う~ん、あって良いんじゃないかな?と言うか、実際にあったわけだからな」

「た、確かに、そうですね……。そ、そっかぁ、お兄さんが、ライトお兄ちゃんなんだ……」

 最後の方が小声で聞こえなかったが、自分の中で、整理をしているようだった。

「あ、あのッ!」

「お、おう……どうした?」

 下を向いて考え込んでいたリーナが、突然、俺の方を見つめてきた。何故か、頬を紅潮させて、目を潤ませている。

「これから、お兄さんのこと、ライトおにい、いえ、ライトさんってお呼びしても良いですかッ!?」

「え?それは良いけど……」

「そ、そうですかッ!改めて、よろしくお願いします!ライトさんッ♪」

「あ、ああ、こちらこそよろしくな、リーナ」

「はいッ!」

 何と言うか、リーナの勢いに押されっぱなしだ。

 まぁ、元気になったのは何よりだな。さぁ、明日から頑張るぞ!


 ……ああッ!食事を作ってやるのを忘れてたぁッ!

 俺は、慌ててリーナに食事を作ってやり、それを食べさせてから、今度こそ部屋を出た。


 よ、よし、今度こそ改めて――明日から頑張るぞ!


 ――こうして、俺とリーナの同居生活が幕を開けた。

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