第三話 考察①
ふぅ、ちょっと落ち着いたな。
改めて、リーナを見る。
目の前で眠るリーナ。彼女が、あのゲームの中のリーナと同一人物なのかは分からない。
だけど、彼女も追放されてしまった。
……それにしてもおかしい。
俺は、さっきから違和感のようなものを感じていた。
そして、やっぱり、この世界は多少なりともゲームの影響を受けているのだと感じた。
そうでないとおかしいんだ。
イジメをしていたのなら、追放はなくても退学くらいは有り得るのかも知れない。だけど俺は、目の前のリーナが退学になるのすらおかしいと思っている。
だって、この世界のリーナは――追放されるようなことなんて、していないはずだから。
何で分かるんだって思うよな?
それが分かるんだよ。ソフィのお陰でな。
ゲームの中のソフィは、魔力を持っているだけの平民の女の子だ。だけど、この世界のソフィは違う。
この世界のソフィは――前世の、俺の妹だ。驚きだろ?だけど、事実だ。
俺がソフィに出会ったのは、俺が十三歳、ソフィが九歳の時だ。
俺が王都を歩いていると「ふぉぉぉッ!」という声が聞こえてきた。驚いてそちらを見ると、がに股でショーウィンドウに張り付いて、服を見ている女の子に気が付いた。
うん、色々と変わっているんだ、妹は。
それを見た時、思わず妹の前世の名前を呼んでしまったんだけれど、その声に女の子が反応して振り向いた時は、本当に驚いた。しかも相手の女の子は「え!何で私の前世の名前を知っているの!?はッ!ま、まさかお兄ちゃんッ!?」とか言うもんだから、俺も本能的に「あ、この子、妹だわ」って分かっちまったよ。
あ、今更だけど、俺も転生者だ。まぁ、ゲームとか言っている時点で、バレバレだけどな。
ちなみにだが、さっき来てくれたヨシオさんも、あっちの世界から来た人だ。ただし、あの人は「異世界転移」でこの世界に来ている。しかも、ご両親と一緒に……。この世界には、時折、異世界転移や、異世界転生をする人がいるみたいだ。
おっと、横道にそれてしまったな。
俺と妹は、前の世界で、仲の良い兄妹だった。親が早くに事故で亡くなり、高校を卒業した俺が、小学生だった妹を育てた。だからだろうか、妹は俺に感化されたかのように、俺の持っているゲームをするようになったんだ。エロゲーを含めて、な。当然、このゲームも知っている。
いや、知っていたらもちろん止めたさ。少なくとも、全年齢版に設定変更はしていたはずだ。だけど、俺が知らない間にプレイされていたんだよ。で、気が付いたら全部クリアされていたというわけだ。全部プレイした後に、「お兄ちゃん、けっこうエッチなんだね」と言われた時は、本当に……いや、これ以上はやめておこう。
当時、高校生だった妹からの無邪気な口撃は、けっこうなダメージだったとだけ言っておく。
と、まぁそんなわけで、妹は自分がゲームの主人公のポジションだということも、しっかりと理解していた。
しかも、だ。妹は、このゲームの攻略キャラたちに興味がなかった。
「だってこの人たち、主人公の処女……というか、身体目当てでしょ?私、そういう人はちょっと……。ゲームの中くらい、誠実な人が良いかな。……と言いつつ、プレイするけど」とは、妹が前世で言っていた言葉だ。
ゲームの主旨がタイトルのまんまなので確かにその通りなのだが、ゲームのプログラム通りに動く彼らが気の毒に思える言葉だった。
そういうわけで、妹はこのゲームの攻略キャラたちを恋愛対象として見ていなかったので、代わりに、リーナを見守ってくれるように頼んだんだ。身体目当てだと分かっている (実際は、そんなことはないと思うのだが)攻略キャラたちと愛を育むよりはそちらの方が良いと、妹も引き受けてくれて、手紙を定期的に送ってくれるようになった。
で、ここが肝心なことなんだ。
その手紙には、リーナの日常が書かれていた。
何で平民の妹――ソフィが、リーナのことを詳しく分かるのかって?
それは、簡単なことだ。
リーナは、ソフィにちょっかいを掛けていたんだ。
イジメじゃないのかって?う~ん、それは人の解釈によると思うけれど、少なくとも、ソフィはイジメと感じていなかったみたいだよ。
送られてくる手紙には、リーナの行動が色々と書いてあったんだけれど、ソフィも微笑ましく見守っていたようだ。時折、注意をしたりしながら、な。
『この前は、リーナが私の前で両手を広げて、「い、行かせないんだからッ!」って、プルプルと震えながら道を塞いていたから、可愛すぎて、思わず鼻血が出そうになっちゃった』とか、『教科書に落書きをするのを悪いと思ったのか、下手だけど心のこもった似顔絵を描いた紙が、私の教科書に貼り付けてあった。しかも、汚れず剥がせる配慮付き。萌える♪』とか、『私を押し倒すつもりだったのか、私に抱き着いてきたから、優しく離して「人を傷つけちゃ駄目だよ?」って言ったら、「ご、ごめ……あッ、ちがッ!うぅ……うわぁぁんッ!」と涙目で走って行った。このままだと、私、鼻血の出過ぎで倒れそう』と書かれていたりした。
そんな出来事は、しばらくの間、続いたらしい。
今までもらった手紙を確認し直したが、やっぱり、追放になるような行為ではないだろう。もちろん、人によってはイジメと感じるかも知れないが、少なくとも被害者である筈のソフィが庇っているんだ。なのに、話すら聞いてもらえず追放になるということは、強制的な何かの力が働いたとしか思えない。
それを裏付ける理由は他にもある。
ソフィからの手紙によれば、リーナがちょっかいを掛けてくるようになったのは、ちょうど半年くらい前らしく、攻略キャラたちに出会ってから、しばらく経ってのことらしい。
ゲームの中のリーナなら、主人公と攻略キャラが出会った日から、嫌がらせをしている筈だ。
俺は、頭の中で情報を整理していく。
一つ一つの情報を繋ぎ合わせていく。
…………もしかして。
全ての情報を合わせた時、一つの考えが浮かんだ。仮説と言っても良いかも知れない。
もしも、「あの出来事」がリーナに影響を与え、その後、強制力が働いたのなら、この状況が理解できるものに変わる。それは、この状況を説明するための最後の欠片だ。
――あの出来事がリーナを変えていたのなら……。