限界
この夏が終われば、俺は二十歳の誕生日を迎える。だが、それ以上生きられた試しがない。
子宮で死んだこともあったが、最長はどんな時でも二十歳だった。その先の人生は何もわからぬまま、俺はいくつもの命を人理に捧げた。
憧憬だとか、羨望だとか。
そんな感情も最初だけで、いつしか消えた。
休憩時間でさえ休まず働き続ける俺に、上司や雇い主まで俺の体を心配する始末。俺はそれを、流して笑う。心配されることはありがたいけれど、死ぬことは避けられようがないのだ。
さて。
そろそろお役御免かな。
先輩に押し付けられたキンキンのスポーツドリンクを煽り、眩しい太陽に目を細める。流れ落ちる汗が不快で気持ち悪い。
体は蝉の鳴き声とともに悲鳴をあげている。
限界だ。
「思ったより早かったね」
白衣を纏った性別不明の医者が、手を洗って診察の準備をする。
「そうかい。遅いくらいだろう」
寝台に横たわって、目を閉じる。
午後からのアルバイト先に欠勤の連絡をし、彼は個人経営の病院へ足を運んでいた。
「にしたってね。君たちみたいにたった数年で命を落としていく子たちを見ているのは辛いものがあるんだよ。せめてもう少し生きてくれないかなって思っちまう」
じゃ、診察始めるよーと検査を始める。
歪みの矯正者の最期を看取る。
そんな最悪と言っても過言ではない仕事を自ら買って出たのがこの人。
何処の時代にも現れて、何時でも俺たち矯正者を受け入れてはその最期を見守ってくれた。また会うことを、約束して。
『ホントはもう二度と僕には会って欲しくないんだけどさ、仕方ないよなあ』
死神みたいじゃん?とため息をつきながらも、穏やかな笑顔で。そのことに彼らは安心して、何時の生でも笑ってその目を閉じるのだ。
「…気持ちのいいもんじゃないね、確かに」
永遠の生と死。発狂してもおかしくないが、生憎俺たちは矯正者。安らかな眠りにつくどころか、根本が壊れ果ててしまっている人形だ。
「ふーむ、これはだいぶ体を酷使しただろう?いたずらに寿命を縮めるなってあれほど念押ししたじゃないか」
カルテを眺めた後、じろりとこちらを睨みつける。
「俺は家に戻れそうか?」
期待などしていないが、一応。
「馬鹿、無理に決まってんだろ」
バッサリ即答かい。あと馬鹿って言うなよ。
「もう帰れない。長い付き合いだから濁さず言うけど、君はここで死ぬ」
先ほどの安心させてくれるような笑顔はどこにもない。
「よっぽど…衰弱してたんだな」
うつむいて、ぽつりと零す。
「君は自覚症状なしでここまで来たようだけど、もうその器はとっくに限界を超えている。もっと自分を大事にしろって、もうこれ何回言ったよ?」
自分の体を、大事に。
俺たちは矯正者。勝手に死ぬのだから、その扱いはどのようだって構わない。自分勝手に生きて疎まれながら死んだって、残された人間たちは喜ぶだけ。それじゃ矯正者とは言えない。彼らが失って初めて後悔するほど、俺たちは必死に生きて爪痕を残さなければならないのだ。
だから俺たちは自分を大切には扱わないし、救いの手ですら最初から拒み、一人を選ぶ。
「悪いけど、俺たちはそんな願いですら叶えることはできない。諦めてくれ」
命令ではなく、懇願するように言うと、医者は眉を下げて目を伏せた。
「家族への連絡、任せた」
早朝、いつ帰るのかと問いかけてきた妹の声が蘇る。
すまないね、もう戻れそうにないや。
医者からの連絡ならば、あいつらもきっと納得するだろう。
俺の意思を汲んでか、医者は快諾した。
「任された。君はとにかく絶対安静だ。今すぐにでも寝てほしいけど、シャワーは浴びておくといい。着替えやらなにやらは揃えてあるから、ゆっくりしたまえ」