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一生嫌命  作者: 水綴
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今世

「おーい、今日もバイトだろ?遅刻すっぞ、いい加減起きねえと」

最低限の義務教育を終えて、今世の俺はアルバイトに励んでいた。若造を正式に雇ってくれる場所などないので、時給の良いバイトをいくつも兼ねて、ひたすらお金を貯めていた。隙間時間はどこでもできるような在宅ワーク。主夫か、俺。

両親は働いているし、別段金に困っているわけではないが、いかんせん暇すぎる。何の趣味も持たぬつまらない男だから、稼いだ金は使われずに貯まっていく一方だ。

早朝起きて、日付が変わった数時間後まで働き詰め。

…そうやって、体に鞭打ってないと生きている心地がしない。

「兄さん、いくら何でも働きすぎじゃない?休んでないでしょ、よく倒れないわね」

兄と妹。眠いだろうに、わざわざ俺を起こしに来る。ちなみに今は朝の四時半。偶然目が覚めたにしては、タイミングが良すぎる。目覚ましでもかけて起きたのだろう。現に彼らは眠たそうに眼をこすって欠伸をしている。

悪いけどな、妹よ。

休んでいる場合じゃないんだ。土日の方が時給いいし。今は人手不足、暇な俺が働くことで助かる人がきっといる。たぶん。

「昔は華奢で綺麗な手だったのに、こんなにボロボロで…」

寝起きで動けずにいる俺の手を、妹の指がするりと撫でていく。傷だらけで、肉刺にまみれた痛々しいその手に、妹のすべすべした若々しい手の感触は温かすぎて、似合わなくて。

ぱっと振り払った。

振り払われた彼女の顔を見ずに、時計に目をやる。

昨日帰ってきたのが一時半だったかな。うーん、眠い。でも頭はすっきりしたし、たぶん大丈夫。

「…てか」

身を起こしてようやく彼らと視線を合わせる。

「うん?」

首を傾げながら、彼らは揃って声をあげる。俺はガシガシと頭を掻き毟った。

「なんでこんなに早く起きてるのさ」

寝てりゃいいのに。

兄は高校卒業後、大学で経営学を学んで父親の会社を手伝っている。

妹は高校生になって、学生生活を満喫している。

彼らが四時半なんて時間に早起きする訳が分からなかった。

早く出て行って金を稼いでこい、とかそういうこと?

言われずとも、すぐ行きますよ?

二人は可笑しそうに笑った。

「だって、いつ起きてもお前いないし。帰ってきてもいない、日付変わってもやっぱり戻らない。心配にもなるだろ?たった一人の弟の顔が見られないんだよ?お兄ちゃん寂しいじゃん」

そんなブラコンみたいなこと言ってくれるな。お前は成人済みで、俺ももうすぐ成人だぞ。選挙権あるんだぞ!

「一人で生きているみたいで、悲しいよ、兄さん」

追い討ちをかけてくる妹は末恐ろしい。そんなつもりないんだろうけど。家族として言ってくれているだけなんだろうけど!

ついこの間まで、俺のことなど知らぬ存ぜぬではなかったか。高校に進学せず、働くと言い張る俺に両親から説得しろと頼まれて、言い合いになってそれきり口もきいていないと記憶しているのだが。だから、彼らの顔を見たのはおろか、口をきいたのが数週間ぶりなのである。互いに用事もなかったから、ずいぶんと久しぶり。

家を出ていく選択肢もあるにはあったが、悩みはしなかった。矯正者として短い生を生きるのが俺であり、その俺が傷を残す対象である家族から離れるわけにもいかなかったのだ。まあこんな生活だから家を出て行ったも同然なのだが。

誤解しないでほしい、俺は彼らを決して嫌っているわけではない。愛しているのだ。ドン引きされそうだが、それ以外に言葉はない。

この理論はきっと、誰にも理解されないのだろう。自分を邪険にする家族を愛さずにはいられない。歪んだ愛情かもしれない。破綻していることに気づいていないだけかもしれない。俺たち矯正者の心は、もはや常人とは根本的に違うのだから。

それでも、そうすることでしか彼らとの繋がりを感じることはできないのだから、仕方ない。

事の発端、高校に行かなかったのは何の利益も生まないと思ったから。親に金だけ払わせて、一生使うときが訪れない知識を得て何になる?生活に必要な知識は社会にいくらでも転がっているし、自分で学ぼうと思えば学べる。男の俺にとって、それはそこまで苦ではない。

「…はは、そーかい」

曖昧に笑って布団から出る。

「それで?いくら欲しいのさ」

兄妹の笑顔がひきつった。

中学卒業後から補導されないぎりぎりまで働き詰めだった俺は、実家暮らしだから懐もかなり潤っている。彼らはきっと、金でも貰いに来たのだろう。兄は娯楽に、妹はお洒落にそれをつぎ込む。寄付してもよかったけれど、それは俺の役目ではない。それでは意味がないのだ。彼ら兄妹のためだけに、命を削らないとね。

「あー…いやうん。三人、かな」

「私は五人、かな」

遠慮しがちに言うが、全然遠慮してねえな。

ふっと息を吐き、「ほら」と棚から袋を取り出して枚数を渡す。

「欲しいならいつでも好きにとっていけばいいのに」

どうせ俺は使わない。最低限の食料と日用品を揃えるくらいだ。貢ぐ相手も趣味もない、ほんと、誰から見てもつまらない人生。こんな風に媚びられても困るのが本音。

「……」

金を握りしめる彼らは無反応だ。

「じゃ、行ってくるわ。二度寝しとけよ、寝不足はお肌の敵なんだから」

ひらひらと手を振って、部屋を出ていく。

「っ、兄さん!」

慌てたように妹が呼び止める。

俺は徐に顔を向けたが、彼女は少し息をのんだ。

何だ?

「…今日は、何時に帰ってこられそう?」

自分から呼び止めておいて、こちらの目を見ようともしない。そんなに不機嫌そうに見えるのか。まあ俺、目つき悪いし寝起きだから無理もないか。

「んー…さあな、悪いけどわかんねえ。先寝ていてくれよ、頼むから」

背を向けて扉をパシッと閉めていった彼は知らない。愛すべき兄妹が、どんな顔をしていたのか、なんて。

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