犠牲
「みんなのために、死んでくれ」
こんなにストレートには言われなかった気がするが、要はそういうこと。どんな言葉を投げかけられたって、そう聞こえただろう。村巫女と村長に呼び出された瞬間、何の話かすぐに分かってしまったし。
初めて負わされた役目でも、俺は落ち着いていた。
『はい、喜んで』
俺は、そのために生まれてきたのだから、と。
あの日の俺は、成人すらしていなかった。ただの、幼い童だった。
家業を継ぐべき立派な兄がいて、俺は完全に要らない子。
だからか、親は泣かなかった。わかりきっていたとでもいうように、ため息をついただけ。
「…すまない。」
謝る理由はない。こうすることで、食料に余裕が生まれる。これでいいのだ。
もう顔も覚えていない親に、俺はそう思った。
優しい兄は、捧げ日の当日に弟が旅立つことを知らされた。俺から言うことでもないし、最後の晩餐を楽しんだ。はず。
悲しかったかなあ、あの時?
少し焦げた米を頬張って、俺は何を考えていただろうか。
もう、思い出せない。
また同じ風景を見ることになったら、自ずと嫌でも思い出すだろう。
自分が死んでしまうことは構わない。兄や家族が悲しむのは辛いけれど、そのうち立ち直るだろうと、彼らよりも冷静な自分がいた。子どもがいなくなるのは、今に始まった話じゃないんだからさ。
自分が死ぬことでこの小さな世界が平和になるなら、それでいい。
そう思ってしまったのが、運の尽きだったかな。
「……!」
今世の俺に与えられた名を叫んで、事情を知り憤怒に身を焦がした兄は村人に押さえつけられながらもその腕を伸ばした。
ひっどい顔。
襦袢に身を包んだ俺は、そんな兄を見て心の中で笑った。
そんな風に引き止められちゃ、死にたくなくなるじゃんか。置いて逝けなくなってしまうではないか。
大丈夫だよ、兄貴。
あなたがいずれ環に戻るその刹那、俺を思い出してくれればそれでいいや。もっとも、勝手に死んだ弟のことなんぞきれいさっぱり忘れてくれても構わないけれど。